【Health Care】 No.3 アドヒアランスを制することが次世代の目標

医療経済学の専門家で東京大学大学院特任教授の田倉智之氏による連載の3回目。今回のテーマは「アドヒアランスを制することが次世代の目標」。

 アドヒアランスは、医療者から患者等への一方通行ではなく協同のもとで、患者が治療の必要性について理解し、自発的、積極的に参加する姿勢を指す概念である。WHOの定義(2003年)を意訳すると、「人間の主体的な健康行動が適切(医療専門家の方針と一致)であること」になる。なお、狭義の生物学面や疾病機序が同様でも、長期予後に差異が生じるケースは散見するが、その背景として、患者固有のアドヒアランスの存在も想像される。以上から、アドヒアランスの見える化とそのコントロールは、健康寿命や社会経済に大きな恩恵をもたらすと期待される[]

例えば、服薬コンプライアンスや患者モラルハザードは、臨床成績と密接に関係し、健康行動だけでなく医療費などの社会経済的要因にも大きな影響を与えることが明らかになっている[2、3]。つまり、これらの向上は、患者の慢性疾患の負担だけでなく、経済的負担も軽減するわけである[ ]。特に、自己管理やヘルスリテラシーを含む広義のアドヒアランスは、疾病予防行動に影響を与える[]。このような中、限られた共有財の枯渇を避け、医療資源の配分の公平性を管理する必要もある厚生政策では、有害事象につながる可能性のある重複受診に伴う医療費の増加も懸念されている[1、5、6]

以上を整理すると、アドヒアランス(健康関連行動)の定義は、議論の立場によってやや変わるものと考えられる。つまり、公共市場を背景に集団の健康を論じる場合は、「自主/積極性」に「社会協調性」「モラルハザード」も関係してくるわけである。そこで、ここからは、広義のアドヒアランスの見える化とともに、その長期の臨床経済効果を検証した我が国の研究を紹介する[ ]。この研究は、定量化されたアドヒアランス(10水準のASHRO*スコア:低いと良い)が長期(48カ月間)の医療・介護費用や生命予後、他の臨床指標に与える影響を48,456人(循環器領域)のコホートで検証しつつ、予測モデルを開発している。

ASHROスコアは、収縮期血圧、LDLコレステロール、HbA1c、eGFR等の因子とも有意な相関関係を担保しつつスコア化されている。危険因子を揃えた予測モデルの全死亡に対する検証の結果、スコアの低い群と高い群の間には、3年以上後の累積死亡率に統計学的有意な差が認められている(2vs.7%、p< 0・001)。また、生命予後(全死亡)に対するASHROスコアのオッズ比は、1.860 95 % CI:1.740- 1・980、p<0・001)である。さらに、48カ月後の医療・介護費用の変位は、アドヒアランスが悪い群(スコア10)は、平均(スコア5)に対して、一定の精度のもとで将来の医療介護の累積費用が140%以上増加することを示している()。

ここまでの話しを医療保険財政のひっ迫等を背景にまとめると、やや大げさに聞こえるかもしれないが、アドヒアランスを制することで、将来、医療システムの安定供給を手に入れられると考えられる。すなわち、医療制度において国民のもっとも重要な財産(価値)を安定供給と見なした場合、アドヒアランスの向上が大きな価値を育むことになる。

田倉 智之(たくら・ともゆき):博士(医学)、修士(工学)東京大学 大学院医学系研究科 医療経済政策学講座 特任教授。1992年に北海道大学大学院工学研究科修了。東京大学医学部の研修を経て、2010年より大阪大学大学院医学系研究科 特任教授。2017年より現職。厚生労働省(中医協)費用対効果評価専門組織 委員長、内閣府 客員主任研究官、大阪大学医学部招聘教授、東邦大学医学部客員教授、日本循環器学会 Circulation Reports Associate Editor、日本心臓リハビリテーション学会 評議員など歴任

 

*Adherence Score for Healthcare Resource Outcome

【文献】

1 Takura T, et al. Development of a predictive model for integrated medical and long-term care resource consumption based on health behaviour: application of healthcare big data of patients with circulatory diseases. BMC medicine. 2021;19(1):15.

2 Cleemput I, et al. A review of the literature on the economics of noncompliance. Room for methodological improvement. Health Policy. 2002;59:65‒94.

3 Robertson CT, et al. Distinguishing moral hazard from access for high-cost healthcare under insurance. Plos One. 2020;15:e0231768.

4 Neiman AB, et al. CDC grand rounds: improving medication adherence for chronic disease management̶innovations and opportunities. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2017;66:1248‒51.

5 Hassanally K. Overgrazing in general practice: the new tragedy of the commons. Br J Gen Pract. 2015;65:81.

6 Porco TC, et al. When does overuse of antibiotics become a tragedy of the commons? Plos One. 2012;7:e46505.