非常時の弱さと泥縄対策がコロナ下で露呈/歯科技工士問題など歯科でも平時に本格議論を【連載】私の目に映る歯科医療界③

 緊急事態宣言の期間延長・地域拡大など、この原稿執筆時点でも新型コロナ感染の収束については依然、見えない。そうした中で、いかに非常時への日本の備えがぜい弱であったかが見えてきた。
 感染防止の「頼みの綱」のワクチン接種率は未だ3%台であり、欧米先進国のみならず、お隣の韓国などにも劣る。感染症対策の入り口ともいうべきPCR検査率も人口比10%程度と、後発開発途上国水準だ。欧米などよりコロナ感染者数が少ないにもかかわらず生じている日本の医療逼迫も深刻な問題だ。

 

国産ワクチン開発遅れの根本対策をスルー

 国内メーカーによるワクチンの開発遅れが気になるのだろう。多くの健常人を対象にした最終臨床試験(第3相試験/フェーズ3)をせずに、その前の第2相試験のデータで承認しようという動きが政府・自民党にある。塩野義製薬が開発中のワクチンが念頭にあると思うが、河野太郎ワクチン担当大臣の「年内にも国産ワクチンの実用化もありうる」との発言ともこれは平仄が合う。
 今回のような非常時に、厚生労働省は新薬を素早く認める米国の緊急使用許可制度を導入する計画を進めている。これは、米ファイザー社のワクチン承認が英米などに比べ2カ月遅れになったことが頭にある。少しでも海外製の新薬・ワクチンの日本への導入を早めようと、国内治験データが出揃ってない段階でも、海外で使用されるワクチン・新薬を日本でも使える(保険適用できる)ようにする内容が含まれている。

米国は厳格なデータ収集に基づき審査実施

 米国版は米国内第3相試験までしっかり実施し、厳格なデータを取ったうえで審査を早める承認制度だから、日本で導入しようとするのは米国版とは似て非なるもの。
 有効性・安全性の観点からは、許可時に国内治験をスルーするのは問題のある動きで、泥縄対策だ。
 なぜ新型コロナ用のワクチン・新薬を国内製薬企業が欧米や中国のメーカーのように迅速に、遺伝子情報を活用した新規技術なども駆使して開発できないのかの、根本問題の解決にはつながらないからだ。

製薬企業への国による各種支援が必要

 本当は、製薬企業の開発・生産・海外治験などに、国がもっと支援する必要がある。米国の前トランプ政権は、ワクチン開発加速や生産構築支援に1兆円超を投じた。発生源ながら感染が早く収まった中国は、ワクチンメーカーが早くから中後期治験を海外で実施した。開発支援や海外治験に中国政府の後押しがあったのは確かで、これを考えれば、日本政府の支援の在り方に問題があるのはよくわかる。
 PCR検査体制や医療体制での問題もしかりだ。医療費抑制、保健所人員や医療病床の削減・病院再編ばかりの国の従来の医療政策の欠点が、今回のコロナ感染勃発で見事に露呈したに過ぎないことは明白だ。

泥縄対策は歯科医師駆り出しにも影響

 PCR検査、そしてワクチン接種での歯科医師での駆り出しにも、政府の慌てぶりはよく表れている。
 日本歯科医師会は、厚労省通達で一定条件が得られたということで協力をする「大人の方針」だ。国難だけに国民の生命・安全のために歯科医師の皆さんには大いに頑張っていただきたいが、日本の歯科医師の場合、日常業務で多忙な個人歯科診療所の経営者やそこに勤務する歯科医師が大半なだけに、どれだけワクチン接種に割ける余力があるのか。PCR検査での実績を見ると、心もとないのは私だけだろうか。

▼平時から突き詰めておくことの大事さ
 さらに考えてほしいことは、歯科医療や歯科経営でも、緊急事態があってからでなく、平時から、こういう事態が起きるのではないかと予測し、今からどう備えるかを突き詰めておくことの大事さである。

▼確実に緊急事態となる筆頭は歯科技工士問題
 個人的には、歯科業界全体の観点から確実に歯科技工士不足が到来するという意味では、緊急事態がくるのが見えている歯科技工士問題がその筆頭候補と考える。
 医科に比べ点数が抑えられている歯科の保険点数の在り方、10万人を超し過剰と言われる歯科医師の需給や、個人経営が大半を占める歯科診療所経営も問題が大きく時間がかるだけに、今からしっかり議論する必要がある。その動きにも注目したい。

筆者:東洋経済新報社 編集局報道部記者 大西 富士男

(東京歯科保険医新聞2021年6月号10面掲載)