東ベルリンから来た女 “Barbara”

東ベルリンから来た女 “Barbara”

     2012年ドイツ/クリスチャン・ベッツオルト監督

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 映画は女が病院前でバスから降りるところから始まります。

「彼女か?」

「絶対早めには来ない」

「そういう女だ」

 2人の男が病院の2階の窓から外のベンチに座り、タバコを吸いながら、定刻まで時間を潰している女を見ています。張り詰めた空気が流れています。

 映画の舞台は1980年の夏、東ドイツ。ベルリンの壁が崩壊する九年前のことです。西ドイツへの脱出を計画する女が、ある選択を決断するまでの日々を描いたドラマです。

 この女は女医で、恋人の住む西ベルリンに行きたい一心で外国旅行許可申請をしました。しかし申請は却下され、東ベルリンの大病院での勤務を外され、逃走のおそれがあると、秘密警察の24四時間の監視が付き、ベルリンを遠く離れたドイツ北部、バルト海沿岸の田舎町に赴任させらます。不審な遠出をすると、秘密警察がこれを嗅ぎつけ家宅捜査はもとより、女性警察官により膣の中まで調べる身体検査を行ないます。

 近くの労働収容所から脱走した少女が担ぎ込まれてきました。

「ダニによる髄膜炎か?」

「真ダニの生息地の草むらに6日間隠れていた」

「髄液の採取をするわ」

 土地の若い青年が失恋から3階からの転落自殺を図り、病院に搬送されてきました。

「膝関節の脱臼、頭部負傷です」

「頭蓋のX線写真では血栓ができた可能性があるわ」

「診断には開頭が必要よ」

 青年に脳障害が発症します。

 女は病院での忙しい日常の診療業務を淡々とこなしています。

 しかし、いつ密告されるかもしれないという猜疑心に固まっているので、誰にも心を許せません。病院の職員にも、優しく接してくれる上司の男性医師にも距離を置き、自分の方から馴染もうとしません。

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 しかし、男性医師は女に心を開くよう辛抱強く何度も話しかけてきます。

「来週  遠心分離器が届く」

「君も、作ってくれないかな?」

「ねえ、あなたはなぜこんな田舎にいるの?」

 男は「保育器では助からない子を助ける未熟児用の機器の操作を自分の助手が間違えて、圧力が異常に上昇し、2人の子どもの網膜が破壊された。その責任を取らされ、ここに回された」と告白します。

 しかし、男はそんな目に合わされても、誠実に東ドイツで生きようとしています。

 

 西ベルリンに住み、豊かで、セクシーな都会的な恋人と、貧しく、凡庸なこの田舎風の男とでは、まるっきりタイプも生き方も違います。2人の男の狭間で激しい性と静かな思いに揺れ動く女。

 この女がどちらの男を選ぶのか、女のサガが流れる緊迫したサスペンス映画です。

 この映画は、表面的には会話の少ないとても静かな仕上がりになっています。

 

 ニーナ・ホス演じるヒロインの女医バルバラが、海鳥が鳴き、強い風でざわめく林の小道を自転車で走り抜ける姿、知的で頑とした美しさは抜群です。

 2012年ベルリン国際映画祭で銀熊賞の監督賞を受賞しました。

                                                        (協会理事/竹田正史)