第14回 売れ線上に現れた「歯科をディスる企画」

◆1960年代後半から出現した歯科批判記事

「ディスる」という言葉がある。10年ほど前から流行りだした新語で、対象をネガティブに表現する際に使う。前回触れたビジネス誌「プレジデント」(2019年3月18日号)や、6年前の「週刊ダイヤモンド」(2013年6月15日号)の歯科特集も、まさに歯科医療界をディスる内容だった。

前者のタイトルが「歯医者のウラ側」、後者が「歯医者の裏側」とほぼ同じ。ありがちなタイトルを使い回している感は否めないが、これは低迷が続く近年の出版界事情を表しているともいえる。特に、スマートフォンの普及が急速に高まっていった2011年以降は、出版物の下落傾向に歯止めがかからない状況だ。新機軸打ち出すはずが…。

苦境の中、出版社側は売れるネタはないか、右往左往しだす。ところが、新機軸をいろいろ打ち出してみても、どれも思ったような成果が得られないのである。そこで悪戦苦闘の挙句、これまでの売れ線に頼ることになっていく。そのひとつが「歯科をディスる企画」というわけだ。

過去を遡って行くと、1960年代後半から70年代にかけて、歯科を批判する記事が多く見られた。診療にかかる回数、待ち時間の長さ、料金体系が不明朗な差額徴収など、患者側の不満が増長していた時期である。

その後、歯科医療界の自助努力も働いたのだろう。さまざまな改善が見られ、80年代以降は批判記事も減っていた。ところが、それから四半世紀を経て、再び歯科のマイナス面がクローズアップされることになる。

◆バッシングへの転機

世紀が代わって、最初に歯科の深刻な問題を取り上げたのは2007年の「週刊東洋経済」(4月28日・5月5日合併号)だった。「セレブ医院からガード下まで、5人に1人はワーキングプア」という記事である。

この号で同誌は「ニッポンの医者、病院、診療所」という74ページにも及ぶ大特集を組んだ。歯科に関する部分はその中のわずか4ページにすぎないのだが、あまりにも衝撃的な内容だった。表紙で「歯医者さんの5人に1人が年収(年間所得)300万円」と謳い、本文で歯科医療界の惨状を描いたのだ。歯科の記事が目玉となり、同号はかなり売れたと聞く。ただし、厚生労働省のデータを基にしているとはいえ、タイトルにはかなりの誇張があった気がする。

いずれにしても、診療についての問題点を指摘したものではなく、決して歯科をおとしめるような内容ではなかった。にもかかわらず、この記事をきっかけに、以降は歯科をディスる記事が増えていくのである。中でも、インプラント問題は格好の標的となった。

◆患者の不満が背景に

ネガティブキャンペーンのような記事に腹を立てる歯科医師も少なくない。が、その一方で、こうした記事を載せた雑誌が、患者の不満を背景に部数を伸ばしているという視点だけは持っておくべきだろう。

 

【 略 歴 】田中 幾太郎(たなか・いくたろう)/1958年東京都生まれ。「週刊現代」記者を経て1990年にフリーに。医療、教育、企業問題を中心に執筆。著書に「慶應幼稚舎の秘密」(ベストセラーズ)。歯科関連では「残る歯科医消える歯科医」(財界展望新社)などがある。