風のいざない 第17話  「笑顔が素敵」     五島朋幸(新宿)

訪問看護師の秋田さんから訪問診療の依頼書が送られてきた。きっちりとしたタイプの秋田さんらしく、すべての項目にもれなく、きっちりとした楷書で書かれている。ただ、右下に余白の部分に少女のような字で「先生よろしく」と意味深な言葉が。

紹介された水田ヨシ子さん87歳は、認知症が進行しているとのこと。入れ歯の調子が悪いとのことで依頼を受けたが、認知症と入れ歯の調整。なかなか相反する関係である。水田さんのお宅は都営アパートで、娘さんとふたり暮らし。さっそく呼び鈴を鳴らし、

「こんにちは、訪問歯科です」

と声をかける。すると少し焦った感じで娘の友子さんが出てこられた。こちらはあいさつするが、あまり僕の目を見ることもなく「さっ、どうぞ」と奥の部屋に通された。

電動ベッドで僕たちに背を向けるように横になっている水田さん。軽く肩に手をやり、あいさつをすると、ゆっくりとこちらの方に向き直り、眉間にしわを寄せ、

「なんだ~、この野郎!」

とドスの利いた声。ファーストインプレッションとしては最悪。まあ、何もなかったように、

「水田さん、入れ歯の調子はどうですか?入れ歯の調整をしに来ましたよ」

「なに~?何いってんだよ」

この埒のあかない状況にすまなさそうに友子さんが、

「いつも下の歯を外しちゃうんです。多分、左側だと思うんですけど、いつも触ってるんですよ」

というヒントをくれた。それではと思って

「水田さん、入れ歯を外していただいていいですか?」

と言っても反応はない。やむなく口に手を入れて外そうとすると

「何するんだ、このやろ~っ!」

と言われても、プロの技で上下の総入れ歯をすばやく取り出した。入れ歯を取られた水田さんは、何もなかったようにしょんぼりしている。下の入れ歯は何度か修理を施されており、レジンが段差になったり、一部欠けているようなところもある。

「水田さん、お口の中、拝見しますよ」

と言いながらこちらも身構えたが、何の抵抗もなく、いや、とても素直に口を開けていただいた。懐中電灯をあてて見てみると、左側の舌側に1センチほどの傷があった。

「水田さん、痛かったでしょう。結構大きな傷がありますよ。我慢していたんですね」

「そうなんですか、傷があったんですか」

と友子さん。なにやら期待できそうな展開に、少し笑顔が見える。さっそく傷の部分の調整。再び口腔内に戻してみる。「どうですか」とたずねても口をモグモグ動かすだけで表情に変化はない。

「どうなの、お母さん。痛みはないの?」

するとモグモグしていた口を止め、

「痛くない。痛くないよぉ」

「母さん、良かったじゃない。大丈夫なの」

すると水田さんは僕の方を向き、

「良く出来ました。パチパチパチ。良く出来ました。パチパチパチ。」

友子さんも僕も吹き出してしまった。その雰囲気に水田さん自身にも笑顔が。

「水田さん、笑顔が素敵じゃないですか」

「なに~?何いってんだよ!」

僕たち大爆笑。