私の目に映る歯科医療界

国のインセンティブ拡大で一歩前進も/疑問晴れぬオンライン資格確認システム義務化の進め方【連載】私の目に映る歯科医療界/最終回

 前号(第629号)で紹介したオンライン資格確認システムで動きがあった。8月に入り3日、10日と2回にわたり開催された中央社会保険医療協議会(以下、「中医協」)の総会で、厚生労働省は2つの修正を打ち出した。

 

加算新制度「朝令暮改」に潜む問題点

 修正の第1は、システム導入の補助金の大幅な拡充だ。診療所なら4分の3補助から42万9千円を上限に、実費補助とする内容だ。その狙いは、来年4月からの医療機関でのシステム運用義務化方針にも関わらず、全医療機関における運用段階に至った割合が現状26%、診療所で18%程度にとどまる普及の後れを取り戻すことにある。
 第2は、診療報酬での加算制度の変更で、これは大問題だ。本年4月に導入したばかりの当該システム運用の医療機関への加算を廃止し、10月から制度を刷新するというものだ。当該システムを運用する医療機関で、いわゆる「マイナ保険証」を使った場合の加算を見ると、現行では初診で70円(患者の自己負担は最大3割で21円)だったのが20円(同6円)になる。その一方で、当該システムを運用する医療機関で従来の保険証を使った場合の初診加算は、現在の30円(患者自己負担最大9円)から40円(同12円)になる。
 マイナ保険証を使った患者の自己負担額が、使わない患者に比べて、今は12円高いのが、逆転して6円安くなる。マスコミ報道を契機に、国民の中から「マイナ保険証にしたのに料金が高くなるのはおかしい」という声が上がった。これを聞いて慌てたのが、今回の「朝令暮改」の真相だろう。この変更による金額は小さいが、本来は医療機関が提供する医療サービスへの対価(公定価格)であるべき診療報酬(今回は加算)のはずが、実際には別の算定基準が紛れ込み、役所の恣意性も含め、あいまいに決められているのではないか、と国民に疑念を抱かせかねないものだ。
 半年で当該システムによる医療サービスの質が変わるわけはないが、マイナ保険証を使う場合の加算を70円から20円へ下げ、使わない場合は30円から40円に引き上げるのはなぜか。
 当該システムを運用する医療機関でマイナ保険証を使えば、特定健診や複数病院にまたがる薬剤情報を病院などが利用でき、併用忌避薬の回避など患者もより良い医療サービスを享受できる。患者の自己負担分も含めた医療サービス向上の対価としての値段を上げるというのが加算の根拠ならば、そのサービスを享受できない従来の保険証を使う場合に比べ、高くすることがむしろ当然。現状の加算の在り方もこの理屈に立つはずだ。

サービス対価でなく加算額の本質は制度普及分担金

 国民からの疑問には、そう答えて従来方針を堅持すればよいはずだが、厚労省は批判を受けて腰砕けになった。国にも「加算=サービス対価」とはいえない別の加算根拠があるからに他ならない。当該システム普及(国のデジタル化の大きな柱でもある)という国策普及のインセンティブとしての加算であろう。厚労省もこの点は折に触れて語っているから、間違いはないはずだ。
 インセンティブとしての加算であるとすれば、国の“迷走”にも納得がいく。進まないシステム普及のためにマイナ保険証使用での加算は下げ、マイナ保険証不使用の料金は上げて逆転させる。マイナ保険証不使用の場合に加算(料金)を引き上げるのは、国策に従わない国民に対する一種の「ペナルティ」と言えるのかもしれない。
 従来の保険証を使う場合は、マイナ保険証利用者より医療サービスの質は下なのだから、加算は低くて良いはず(あるいは、今とサービスは変わらないはずだから、加算はゼロでいいはず)という青臭い「診療報酬(加算)=サービス対価論」は、ここでは成立しない。これが暗黙の国の理屈なのだろうが、これで国民が納得するかは別物。8月の中医協でも支払い側委員は「加算の対価としての患者メリットがはっきりしない」点などで、10月の制度変更に疑問を呈した。まさしく正論である。
 結果的には、こうした疑問への対応として「患者・国民の声を良く聴き…(中略)…医療の質の向上の状況について調査・検証を行うとともに、課題が把握された場合には速やかに対応を検討する」ことなどの付帯意見を付けることで、中医協では了承を取り付けた格好だ。
 日本医師会は、来春の原則義務化に賛成した。5月の中医協では拙速な義務化に強く反対していたが、会長交代もあってか、国との協調路線に修正した感がある。このことは、国としてのシステム義務化に向け、大きなステップを超えたことになろう。

筆者:東洋経済新報社 編集局報道部記者 大西 富士男

(東京歯科保険医新聞2022年9月号10面掲載)

今の時差改定方式は欠陥品/高騰金パラ「逆ザヤ」問題の根本解決は待ったなし【連載】私の目に映る歯科医療界④

歯科医悩ます「銀歯」高 診療報酬 改定追いつかず 貴金属相場、マネー流入で急騰


 こう見出しを打った記事が五月初旬の日本経済新聞に載った。歯の治療に不可欠な「銀歯」、いわゆる金パラなど歯の補填物に使う金属材料高騰のあおりで、「逆ザヤ(赤字)」問題が歯科診療所経営に猛威を振るう現状を的確に伝える良い記事だ。

 

随時改定Ⅰ・Ⅱ導入も真の問題解決には程遠い現実

 確かに、金、銀、パラジウムの価格高騰が続いているが、その補填を一人でかぶらなければならない歯科医師にしてみれば、「たまったもんじゃない」ことだろう。
 保団連をはじめ、歯科関連団体は厚生労働省にこの問題の解決を強く求め続けてきた。2020年度には、金属材料の公示価格(歯科医師にとっては支払われる価格)の改定制度で成果を出している。4月、10月に5%以上の高騰(下落もだが)があった場合に改定する従来の制度(随時改定Ⅰ)に加え、その合間の1月、7月にも15%以上の高騰があった場合にも改定できる随時改定Ⅱを獲得したわけだ。
 理論的には、金属材料の変動リスクをよりタイムリーに避けられるようになったわけだが、危惧した通り、問題の真の解消には程遠い現実も見えてきている。

過去の価格変動で将来の価格高騰埋めるは無理筋

 この問題を引き起こす要因は複数あるが、根本原因を一つ挙げろと言われれば、改定するかどうかの基準となる変動幅(随時改定Ⅱでは15%以上なら公示価格を改定し、15%未満なら元の公示価格のまま据え置く)が下記計算式をもとに計算されることになっている点だ。
 今回でいえば、4月時点での過去9カ月間の値動きで、3カ月後の7月の改定実施時の値段を決めることになる。この算定式に基づき、今年7月の金パラ公示価格値上げはなしと決まった。
 しかし、6月3日開催の「6・3初夏の歯科総行動集会」の時の保団連資料によれば、今年5月の金パラの推定実勢価格は10万577円、現行の公示価格の8万40円だと、実に2万533円、率にして26%もの逆ザヤになっている。実態には、まったく合っていないわけだ。
 さらに、6月以降も金属材料がこのまま値上がりが続けば、次の改定時の10月まで、この逆ザヤが毎月、歯科医師の経営に覆いかぶさる。

透明かつ根本的な毎月改定など制度改定が必要

 実勢価格を毎月タイムリーに公示価格に反映する制度導入が、唯一の根本解決策なのは明らかだ。
 ほかに、公的価格のある商品サービスで同じ逆ザヤ問題が起きているかどうか、私自身は寡聞にして知らないところだが、IT化の進むいま、実勢価格を把握し毎月の公示価格に反映することは、技術的には可能ではないだろうか。
 仮に、毎月の公示価格改定が技術的または費用対効果的に難があるならば、その時は3カ月後に、例えば歯科医師がその間にかぶった逆ザヤ分は、厚生労働省が遡及して返すような仕組みにすべきだろう。
 この場合、変動費用を予算枠で手当てする工夫が必要になるだろうが、個人的思い付きではあるが、予備費などで担保できるのではないか。少なくとも議論、検討するだけの価値はあるのではないかと考える。
 金属材料の値上がりが続く局面では、補綴物に国が支払う額は増えるわけだが、これは歯科医師が懐に入れるものでもなく、国民が負担するものとして捉えるべき筋合いの話だ。
 今年は、2022年度診療報酬改定という絶好の議論の場がある。歯科技工士問題でも厚労省は自身が行う実勢価格調査の結果を非公開にする。この「金パラ」逆ザヤ問題でも、自ら依拠する貴金属の市場実勢価格を明らかにしていないと聞く。行政の透明性では大問題だ。国民の立場からも、関係団体にはこの点も含め、厚労省には強く改善を要求してほしい。

筆者:東洋経済新報社 編集局報道部記者 大西 富士男

(東京歯科保険医新聞2021年7月号10面掲載)

非常時の弱さと泥縄対策がコロナ下で露呈/歯科技工士問題など歯科でも平時に本格議論を【連載】私の目に映る歯科医療界③

 緊急事態宣言の期間延長・地域拡大など、この原稿執筆時点でも新型コロナ感染の収束については依然、見えない。そうした中で、いかに非常時への日本の備えがぜい弱であったかが見えてきた。
 感染防止の「頼みの綱」のワクチン接種率は未だ3%台であり、欧米先進国のみならず、お隣の韓国などにも劣る。感染症対策の入り口ともいうべきPCR検査率も人口比10%程度と、後発開発途上国水準だ。欧米などよりコロナ感染者数が少ないにもかかわらず生じている日本の医療逼迫も深刻な問題だ。

 

国産ワクチン開発遅れの根本対策をスルー

 国内メーカーによるワクチンの開発遅れが気になるのだろう。多くの健常人を対象にした最終臨床試験(第3相試験/フェーズ3)をせずに、その前の第2相試験のデータで承認しようという動きが政府・自民党にある。塩野義製薬が開発中のワクチンが念頭にあると思うが、河野太郎ワクチン担当大臣の「年内にも国産ワクチンの実用化もありうる」との発言ともこれは平仄が合う。
 今回のような非常時に、厚生労働省は新薬を素早く認める米国の緊急使用許可制度を導入する計画を進めている。これは、米ファイザー社のワクチン承認が英米などに比べ2カ月遅れになったことが頭にある。少しでも海外製の新薬・ワクチンの日本への導入を早めようと、国内治験データが出揃ってない段階でも、海外で使用されるワクチン・新薬を日本でも使える(保険適用できる)ようにする内容が含まれている。

米国は厳格なデータ収集に基づき審査実施

 米国版は米国内第3相試験までしっかり実施し、厳格なデータを取ったうえで審査を早める承認制度だから、日本で導入しようとするのは米国版とは似て非なるもの。
 有効性・安全性の観点からは、許可時に国内治験をスルーするのは問題のある動きで、泥縄対策だ。
 なぜ新型コロナ用のワクチン・新薬を国内製薬企業が欧米や中国のメーカーのように迅速に、遺伝子情報を活用した新規技術なども駆使して開発できないのかの、根本問題の解決にはつながらないからだ。

製薬企業への国による各種支援が必要

 本当は、製薬企業の開発・生産・海外治験などに、国がもっと支援する必要がある。米国の前トランプ政権は、ワクチン開発加速や生産構築支援に1兆円超を投じた。発生源ながら感染が早く収まった中国は、ワクチンメーカーが早くから中後期治験を海外で実施した。開発支援や海外治験に中国政府の後押しがあったのは確かで、これを考えれば、日本政府の支援の在り方に問題があるのはよくわかる。
 PCR検査体制や医療体制での問題もしかりだ。医療費抑制、保健所人員や医療病床の削減・病院再編ばかりの国の従来の医療政策の欠点が、今回のコロナ感染勃発で見事に露呈したに過ぎないことは明白だ。

泥縄対策は歯科医師駆り出しにも影響

 PCR検査、そしてワクチン接種での歯科医師での駆り出しにも、政府の慌てぶりはよく表れている。
 日本歯科医師会は、厚労省通達で一定条件が得られたということで協力をする「大人の方針」だ。国難だけに国民の生命・安全のために歯科医師の皆さんには大いに頑張っていただきたいが、日本の歯科医師の場合、日常業務で多忙な個人歯科診療所の経営者やそこに勤務する歯科医師が大半なだけに、どれだけワクチン接種に割ける余力があるのか。PCR検査での実績を見ると、心もとないのは私だけだろうか。

▼平時から突き詰めておくことの大事さ
 さらに考えてほしいことは、歯科医療や歯科経営でも、緊急事態があってからでなく、平時から、こういう事態が起きるのではないかと予測し、今からどう備えるかを突き詰めておくことの大事さである。

▼確実に緊急事態となる筆頭は歯科技工士問題
 個人的には、歯科業界全体の観点から確実に歯科技工士不足が到来するという意味では、緊急事態がくるのが見えている歯科技工士問題がその筆頭候補と考える。
 医科に比べ点数が抑えられている歯科の保険点数の在り方、10万人を超し過剰と言われる歯科医師の需給や、個人経営が大半を占める歯科診療所経営も問題が大きく時間がかるだけに、今からしっかり議論する必要がある。その動きにも注目したい。

筆者:東洋経済新報社 編集局報道部記者 大西 富士男

(東京歯科保険医新聞2021年6月号10面掲載)

後発薬不祥事や毎年薬価改定に学ぶ必要/技工物などの安全性と報酬改定に備えよ【連載】私の目に映る歯科医療界②

国民の最大関心事は新型コロナワクチン

 現在の日本国民の最大の関心は、いつ新型コロナウイルスの感染症が収束するのか、自分にいつワクチン接種の順番が回ってくるのかだ。大阪などで、第四波ともいわれる感染拡大の動きが出ているだけになおさらだ。
 ただ、ワクチンへの盲信は禁物だ。どのくらい長くワクチンが効くか、副作用など安全性がどうなのかは、実際に多くの人に接種してみないとわからない部分があるのは確かだ。
 この原稿執筆時点では未確定だが、英アストラゼネカや米J&Jのワクチンで接種後に報告されている血栓の副反応と、ワクチンとの因果関係が疑われている。
 コロナウイルスの常だが、新型コロナでも変異しやすい問題もある。日本でも実際に英国型などの変異株が増えつつある。これが感染拡大やワクチンの有効性などに、どう影響を及ぼすのかも注目していくべきだろう。
 要するに、ワクチンが入ってきました、ハイ解決です…。とはいかないということだ。 
 医科もそうだが、歯科業界にもまだしばらく新型コロナ感染症の悪影響が残ることを前提に、経営や今後の対策を組み立てていく心構えが必要になる。

安全性と薬価が医科と製薬業界で問題化

 隣接する医科や製薬業界では、そうしたコロナ禍に加え、いま大問題になっているのが安全性と薬価の問題だ。
 小林化工に続き後発薬最大手の日医工が、承認された手順に違反した医薬品の製造・出荷を長年してきたことが相次ぎ発覚、業務停止処分を食った。小林化工では、その薬を使った患者から死者まで出ている。
 また、2021年は、薬価改定が2年に1回から毎年となった初年度にあたるが、その改定内容は、「ほとんど全面改定」といわれるほどの広い対象品目、引き下げ幅で決着し、今年四月に実施された。
 医療機関や製薬企業・卸会社にとっては経営への打撃も大きいだけに、敗北感も漂っている。

歯科も「対岸の火事」ではない

 ところで歯科は、後発品の安全性と薬価の問題は「対岸の火事」といいたいところだが、そうともいえない。
 後発薬の製造不正は小林化工など個別企業の体質問題に加え、厚生労働省の監査・監督の欠陥を露呈させた。海外工場にまで査察官が乗り込み、厳しい監査をする米国に比べ、日本の医薬品監査は甘い。査察官の数など陣容体制も貧弱だ。

歯科技工士問題にも関係あり

 歯科で気になる点は、前回も書いた歯科技工士問題だ。インレーやクラウンなど補綴物などは、事実上、大半が歯科技工士の匠の技になるものだが、その劣悪な労働環境や低い技工料、技工士全体人員の減少、歯科医師とのあいまいな契約も側聞する中で、果たして品質を確保できているのか、という点だ。
 思い過ごしならばいいが、厚労省がここでの品質問題にあまり注意を払ってきた気配がないのも気になる。技工物に限ったことではないが、歯科を受診する患者さんたちに、品質への意識向上が起き、問題が浮上することはありうる。
 転ばぬ先の杖、個々の歯科関係者のみならず、歯科業界全体としても注意を払ったほうが良いと、個人的には考えている。
 先述した製薬会社などにとり、厳しい結果に終わった中間年薬価改定は、ひとり厚労省のみならず、日本政府のほぼ総意(ついでにいえば、財界・保険支払側が応援団)だ。医療費抑制にギアを入れる姿勢を鮮明にしたことにほかならない。

歯科診療報酬の「2年に1回改定」の保証はない

 これは、来るべき歯科診療報酬の改定でも出てくると考えるべきだ。薬価が毎年改定される中、医科や歯科の診療報酬だけが従来のまま2年に1回で済む保証は、どこにもないだろう。

最悪な状況を前提とした対策立案が必要

 少なくとも、最悪のシナリオを前提にした対策は怠らないほうが良い。薬価改定での製薬業界の轍を踏まないためにも、与野党の国会議員などへの働きかけは強めるに越したことはないが、それだけでは不十分だ。
 もし、歯科業界が「安すぎる診療報酬」と考えるならば、国民にその根拠と、引き上げた場合のメリットを理解してもらい、支持を得る運動を用意周到に準備しておく必要がある。

筆者:東洋経済新報社 編集局報道部記者 大西 富士男

(東京歯科保険医新聞2021年5月号10面掲載)

根深くとも歯科技工士問題の本質は明白だ/求められる「正攻法」による解決策の提起【新規連載】私の目に映る歯科医療界①

 “仲間”の劣悪環境をこれ以上放置すべきでない。
 歯科医師と歯科技工士の積年にわたる状況、東京歯科保険医協会会員の歯科医師の「生傷」をひっかくことになるはずだが、それでも協会が今回も「歯科技工所アンケート」を行ったことは、解決への第一歩だと高く評価したい。
 「あまりに歯科技工士の生活や環境を無視して、また犠牲の上で成立しているとしか思えません」。アンケートでの歯科技工士の声は生々しい。東京歯科保険医協会も機関紙2021年1月号でそのサマリーを紹介しているが、私なりに気になった歯科技工士の窮状をまとめるとこうなる。
▼総労働時間 1週間60時間超過の技工所の割合48%、いわゆる過労死ライン80時間超も21%で5人に1人がそのゾーンに存在する。
▼可処分所得 400万円以下が59%。国税庁民間給与実態調査による民間人の平均年収は436万円。

歯科医師にも「我が事」

 歯科技工士が歯科診療所に欠くことができない仲間なのはいうまでもない。協会理事の森元主税氏もこの問題に関する連載の中で指摘するように、歯科保険診療の40%を占める歯科修復、欠損補綴は、歯科技工士の存在なしには成立しない。
 この状態の放置は寝覚めが悪いばかりか、業界全体の自殺行為になりかねない。5年以内に新既卒歯科技工士の七割が業界を離れる(離職でなく”離業”)、60歳代以上が歯科技工士の5割弱を占めることを重ね合わせると、歯科技工士不足が早晩深刻化し、歯科業界の足元が崩壊するのも明らかだ。
 歯科技工士の待遇・環境改善はいまや他人事でなく、歯科医師自身の存続に跳ね返る「我が事」に他ならない。

7:3問題は解消可能

 歯科修復や欠損補綴などの低い保険点数が、この問題の根元にある。
 保険点数を上げる手立てはある。保険報酬の算出のもとを歯科技工士が実際に受け取っている技工料調査ではなく、歯科技工士の適切な労務コスト・歯科技工士原価による積算に切り替えることだ。同じ公定価格の国発注の建設価格では、下請け労働者の労務単価積算をする。おかしなことではない。
 医薬品では、卸と病院などの交渉による市場実勢価格をもとに薬価算定が行われている、という反論はあるかもしれないが、卸は再編で巨大化している。製薬メーカーもその背後にいて、値引きはしても死活ラインを突破する構図にはない。
 医薬品の場合、新薬が最初に保険収載される際の薬価(公定価格)算定では原価積み上げ方式も入っている。厚労省は卸の無分別な値引き抑制に流通改善ガイドラインを設定、大企業の卸を病院・薬局からの過剰な値引き圧力から守ろうとしている。
 その一方で、一人親方が多い弱い立場にある歯科技工士の窮状を知りながら、歯科診療報酬の抑制につながるとばかりに、市場原理・自由競争の建前のもと”過剰”値引きされた技工料金を算出根拠にするのは、先の医薬品の実例とはダブルスタンダードであるばかりか、歯科技工士の過酷な環境を放置、むしろ劣悪化させる点で先進国の行政の名に値しない。
 歯科技工士と歯科医師の取り分(7:3が適切かは検討すべきだが)をルール化、違反行為は厳格に取り締まることも同時にすべきだ。ゼネコンと下請け間では、公正取引を担保することが行政のルールになっている。
 保険点数が上がれば歯科診療所にも多少の余裕はでき、ゼロサムゲームをしなければならない圧力は、少なくとも弱まるのではないか。
 もちろん、財政ひっ迫の政府に要求をのますのは至難の業だ。最終コストを負担する国民の理解も必要だ。
 マスコミも巻き込み、真正面からこの問題のおかしさを国民に訴えて、行政を動かすべきだ。国民も同胞である歯科技工士の過剰労働・過少報酬の上にもたらされる、「不当に」安価な歯科診療を望んではいないはずだ。

筆者:東洋経済新報社 編集局報道部記者  大西 富士男

(東京歯科保険医新聞2021年4月号10面掲載)