【インタビュー】目標は女性差別撤廃条約“選択議定書”批准/ネパールでの女性教員育成も(後編)/山下 泰子氏(文京学院大学名誉教授・法学博士)
「戦後民主主義教育の洗礼を受けた」―。戦中・戦後と歴史的な社会の変化とともに幼少期を過ごす中で、自らの人権意識が醸成されたと語る文京学院大学・山下泰子名誉教授(86歳)。前編に引き続き、女性差別撤廃条約の選択議定書批准の課題ほか、自身が奔走するネパールでの活動について聞いた。聞き手は、協会の早坂美都副会長。
◆ 前編から続く:【インタビュー】山下 泰子氏(文京学院大学名誉教授・法学博士)/前編 はここをクリック )
―選択議定書の批准について、政府による踏み込んだ議論が行われていないのが現状なのかもしれませんね。
2024年10月の国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)での建設的対話の後、「総括所見」が示されました。まず、第9項で、「委員会(CEDAW)は、2020年に採択された第5次男女共同参画基本計画において、締約国(日本)が 『女性差別撤廃条約の選択議定書について真剣な検討を進める』としていることに関心をもって留意する。しかし、この問題に関して省庁間研究会を23回開催したにもかかわらず、締約国が選択議定書の批准の検討に時間をかけすぎていることを遺憾に思う」と懸念を表明しました。その上、第10項で、「締約国に対して、委員会の前回の勧告に沿って、選択議定書の批准に対するいかなる障害にも速やかに対処し、取り除くよう勧告する」「締約国に対し、本条約、委員会の一般勧告および選択議定書の下で委員会が決定した先例について、これらが司法手続きにおいて全面的に考慮されるために、裁判官、弁護士、法執行専門職の能力構築を強化するよう勧告する」と、2つを勧告したのです。私たちは今後、日本政府による勧告の実施をしっかりモニターしなければなりません。
―ジェンダー平等における日本と海外の違いとは。
日本の平等法制は、妥協の産物だといえます。例えば、男女雇用機会均等法は”男女平等法”ではありません。候補者男女均等法も理念法なので、政党を拘束するものではなく、衆議院の女性議員比率は15.7%で、世界185カ国中142位*に低迷しています。フランスではパリテ法で政党に候補者数を男女同等とすることを義務づけており、国連組織におけるジェンダー平等の目標も50対50です。
ジェンダー平等に向けて、日本に求められているのは、①女性差別撤廃条約選択議定書の批准、②人権侵害を扱う政府から独立した国内人権機関の設置、③包括的反差別法の制定の3つです。
―歯科医療界に置き換えると、近年、女性歯科医師の割合が増えていますが、組織のトップは依然として男性という医療機関が多いと思われます。
確かにそこも変えないといけませんね。第5次男女共同参画基本計画では、指導的地位に就く女性の割合の目標値を30%程度と定めており、そうしたことを念頭に置かなければならないと思います。また、男性歯科医師が出産、育児休暇を取れる環境を作ることも大切です。大谷翔平選手でさえ、父親休暇を取りました。家事、育児、介護、家庭責任は夫婦二人で担わなければなりません。
―女性差別撤廃条約の選択議定書への批准や、所得税法56条の改正などを含むいわゆる「ジェンダー4署名」と、それらと歯科医師との関わりについて教えてください。
1953年に平塚らいてうらが創設した日本婦人団体連合会(婦団連/小畑雅子会長)を中心に取り組む4つの署名が「ジェンダー4署名」です。日本がもっとジェンダー平等で男女ともに生きやすい社会になるために必要な要件を国会に請願するものです。例えば、所得税法第56条の改正は、家族で医院を営む歯科医師にも関係するのではないでしょうか。配偶者や家族が関わっても事業経費として認められず、それが女性の経済的自立を妨げていると女性差別撤廃委員会(CEDAW)が懸念を示しています。2024年の総括所見第45項(a)は、「女性の家族経営企業での労働を認めるよう所得税法第56条を改正すること」を、勧告しました。これは、ジェンダー4署名の1つの成果です。
―山下先生は、ネパールでも活動されているそうですね。
これまでにネパールを65回ほど訪問してきました。1999年には半年間かけて、ネパール全土を調査し、山奥の学校には女の先生がおらず、女の子が学校教育から見放されている現状を目の当たりにしました。女の先生が学校にいれば、女の子が学校に行きやすくなるという考えのもと、女性教員の養成を始めました。山村から学びにくる学生のためにポカラというところに女子学生寮・さくら寮をつくり、ポカラ女子短大と連携して教員養成課程を創設。通算14年間で100人の山村の女性教員を育てました。東京歯科保険医協会の高山史年理事ご夫妻は毎年、ネパール・ポカラで開催する「さくら寮卒業生教員のフォローアップ研修」にボランティアで参加し、女性教員の歯科検診・治療と「歯の大切さ、歯みがきの仕方」を講義していただいています。歯科医師のいない地域に住んでいる女性教員にとって、誠に貴重な機会で大変喜ばれています。私たちも、とっても感謝しています。
―最後に今後の目標を。
今年は、日本が女性差別撤廃条約を批准して40年目にあたります。なんとかして、“選択議定書の批准”を実現したいと思っています。女性の権利が国際基準になることで、人口減少による労働力不足を緩和することができます。次世代にジェンダー平等な明るい未来を残したいです。
―ありがとうございました。
*=内閣府男女共同参画局「女性活躍・男女共同参画の現状と課題」(2025年4月)より
Profile
やました・やすこ/東京都生まれ。法学博士、文京学院大学名誉教授、ジェンダー法学会元理事長。国際女性の地位協会名誉会長、日本ネパール女性教育協会理事長、男女共同参画社会づくり功労者内閣総理大臣表彰(2015年)、外務大臣表彰(2017年)。