医療者・患者を救うシステム考

第18回/最終回 それでも保険制度に守られている?

【今後の技術革新を保険制度の変革につなげるには…】

1年半にわたるこの連載も、今回で最終回です。そこで、多くの歯科医療者が感じているであろう保険制度への不満と、技術革新がそうした状況を打破できるのかについての考察をまとめます。

◆70年代から「保険は限界」とされた

東京歯科保険医協会が東京都23区内に届出のある歯科技工所の経営実態を調べた調査(2021年1月18日公表、有効回答211件)によれば、2019年度の売上で「80%以上が保険」という回答が52%でした。そして、「総売上500万円以内」という回答が27%であるなど、個人ラボを中心に低収入で長時間労働、という実態を浮き彫りにしました。

以前から、保険技工の不採算性が問題でしたが、テナント料、人件費など固定コストが高い23区内の歯科技工所でも保険技工を中心にしているところが意外に多いことが印象的です。

私が歯科業界に入った1990年代の終わり頃から、「保険では食べられない」、「保険ではちゃんとした治療ができない」という声をたくさん聞いてきました。

こうした「保険診療限界説」は医科ではあまり聞きませんが、歯科ではかなり昔から語られてきました。『日本歯科新聞』の1977年5月11日号には、諸外国に比べて日本の歯科の保険診療単価が極めて低く抑えられていることを示す表が掲載されました。その号のコラムのタイトルは「限界に来た保険制度」というもの…。低単価政策に悩まされながらも、多くの歯科医師、歯科技工士らが保険診療を担ってきました。月刊『アポロニア21』に掲載した完全自費診療に移行した歯科医師のエッセイに、「保険扱い」の文言を看板に入れられなくなるのが不安、という一節があったのを覚えています。

◆技術革新は制度を変革するか?

保険制度には不満がある、けれども保険の仕事は続けたいという本音がある中、技術革新がさまざまな矛盾を解決してくれるとの期待も大きいようです。

その代表格がCAD/CAM技術。10年ほど前、院内用CAD/CAMを導入したドイツの歯科診療所を取材した際、「委託技工の工賃が上がって、単冠のクラウンならこうした機械に頼るしかないんだ…」との院長の率直なコメントに、同行してくれたメーカーの方の顔が凍り付いたのを思い出します。その後、機器やソフトの精度が飛躍的に向上し、「デジタルデンティストリー」の隆盛に繋がっています。

当時から、「光学印象データを海外に飛ばす国際流通が進むだろう」、「作業工程が効率化され、歯科技工士不足が解消されるだろう」などの予測が見られま 技術革新は制度を変革するか?した。日本はCAD/CAM冠を積極的に保険診療に導入している特異な国ですが、現状、保険技工では海外委託が(表向き)認められておらず、歯科技工士の不足はより深刻化しています。

逆に、治療効率が上がることによるオーバートリートメントを心配する意見も。アメリカ歯科医師会(ADA)のご意見番、ゴードン・クリステンセン氏は『JADA』(2013年10月号)に「2012年の1年間で全米で5450万本のクラウンがセットされた」との論文を掲載。CAD/CAMで簡単にクラウンが作製できるようになり、充填処置で済む症例でも「簡単で価格も高い」という理由から、より侵襲の大きいクラウンが選択されたと批判したのです。技術革新が、必ずしも患者利益には結び付かない例だと言えます。

今後の技術革新を保険制度の変革につなげるのであれば、歯科業界の都合だけで議論するのではなく、患者利益の視点が大切なのだと考えています。

(最終回)

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第17回 コロナに強い医療制度はどこにあるか?

【各国の医療システム運営の違いで長・短所が如実に】

新年早々、首都圏の四都県に「緊急事態宣言」が再発令されました。「このままでは医療崩壊が現実化する」という危機感が医療従事者の間で共有されていますが、「なぜ、はるかに感染者数が多くて病床が少ない他国で、医療崩壊が報じられていないのか?」と疑問を呈する意見も見られます。なぜ、日本は危機的な状況に陥ったのでしょうか。

◆病床の割り振りが難しい背景には

地域によって、「コロナ患者を収容する病床が不足している」と連日報道されます。周知のように、コロナ前の日本では、病床の偏在、過剰が問題になっていました。

しかし、余っていると思っていた病床の多くが、肝心な時に使えないことが分かったのです。中小病院や精神科病床が多い日本では、コロナ禍に即応する機能を持つ病床が限られていたことが問題だとされています。

これに対して、歴史的経緯から公的機関や慈善組織が所有する病院が多いアメリカや、ほとんどの病院が国営医療のNHSで運営されているイギリスでは、緊急事態での政府との連携が図りやすく、病床の割り振りが効率的だったという側面は無視できません。

かといって、「だから日本はダメなのだ」という話にはなりません。病床配分が効率的な欧米のほうが、民間病院主導の日本、韓国、台湾などよりも、コロナ対策の面で成功してい

るとは、到底、言えないからです。

今回のコロナ禍で、「日本の弱点が露呈した」と言われていますが、日本に限らず「医療先進国」といわれる国々が予期せぬ感染症に脆弱だったことは否めません。

すでに指摘(第9回)したように、日本を含めた先進国の公的医療システムが、NCDs、高齢化といった課題に対応してきた反面、ややもすると感染症を「過去の病気」かのように

軽視してきたためだと言えます。

結果、コロナ禍のような緊急事態で、医療提供が逼迫する事態となりました。

かくいう私も、がんの再発に備えて定期的な検査を受けていますが、常に「病院機能がマヒしたらどうしようか?」と、コロナ感染以外にも不安を覚える毎日です。

◆かかりつけ医制度とコロナ禍

一方、「かかりつけ医(歯科医)機能」とコロナ対策を関連づける意見もあります。強制力のある「かかりつけ医制度」がない日本は、効果的に感染者を隔離・収容するシステムが上手く機能しなかったとの批判です。

日本では、「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」に代表されるように、一部の医療機関が届出をして保険制度上の優遇を受けられるようになっていますが、地域住民のすべてが決められた歯科診療所を受診することを強制されるわけではありません。

これに対して、かかりつけ医が医療制度にビルトインされている欧州諸国では事情が違います。

スウェーデンやイギリスといった、税金を主な財源とする公的医療システムの国の場合は、地域住民すべてが決められた「かかりつけ医」(家庭医)を通さないと、公的医療を受けられない仕組みです。

患者さんの選択肢は狭まりますが、かかりつけ医が地域の状況を把握しやすいメリットがあるとされます。しかし、「かかりつけ医制度がコロナを防いだ」とする信頼性の高いエビデンスはありません。

医療経済学者の二木立氏(日本福祉大名誉教授)は、70歳以上で8割もの人がかかりつけ医を持っていることに着目(日医総研、2020年10月調べ)。強制力のある制度がなくても、人々が必要に応じてかかりつけ医を見つけていることから、安易に「かかりつけ医制度が未整備だ」と、日本の弱点のように考えるのを戒めています。

このように、公的医療システムの問題点は、「簡単に結論の出る話ではない」、ということでしょう。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第16回 「歯科先進国では〇〇」ってホント?

【日本はもう少し自信を】

よく、「アメリカやスウェーデンなどの歯科先進国に比べると、日本は…」といった、日本を卑下するような論調を聞くことがあります。しかし、「歯科先進国」というのは定義が曖昧で、イメージが先行しているようです。

歯の健康意識や歯科疾患の実態を見ると、日本はもう少し自信を持って良いように思えてきます。

◆「アメリカ人の歯は悪かった」の理由

2015年に「アメリカ人の歯は、イギリス人より悪い」というニュースが話題になりました。国際的な医学雑誌「BMJ」が、同年のクリスマス版(左記表紙参照)で「25歳以上、の成人の欠損歯数を比較したところ、アメリカ7.31本に対して、イギリス6.97本だった」という記事を掲載。各国のメディアが取り上げました。

これがニュースになった理由は、欧米人の間で「イギリス人は、歯の健康に無頓着で、歯が汚い」、「アメリカ人は、歯の健康への意識が高く、歯がキレイ」というのが共通のイメージになっており、予想と異なる結果だったためです。

こうした比較はデータ元によって大きな違いが生まれるものですが、いずれにしても、日本(65〜69歳で平均6.7本、厚生労働省2016年)より良好とはいえない数字です。

アメリカの歯の健康度が低いのは、主として人種間格差によるものと考えられています。白人、アジア系に比べ、ヒスパニック、黒人の健康度が低く、それが全体のレベルも下げている構造になっているのです。公的医療が未整備で、社会経済的なリスクが表面化しやすいと言えます。

◆歯科先進国は18世紀にもあった

「歯科先進国ネタ」は、かなり以前から見られます。18世紀の終わり、ロンドンやバース(日本で言えば熱海のようなところ)で、歯科医院を開業していたシュバリエ・ラスピーニは、イタリアの大学で外科医のライセンスを取ったと宣伝。「イギリスと違い、イタリアやフランスでは、人々の歯への意識が高い」として、イタリア直伝の歯みがきや精油を手広く販売していました。ラスピーニは、インドなどにも通信販売ビジネスを展開し、さらにはフランスの最先端技術だった陶製人工歯のイギリス、アメリカへの伝播にも一役買ったとされています。

当時、イタリアやフランスは先進国で、イギリスなどは辺境の途上国とされました。これらの先進国から来たものであれば、多くの人が競って商品やサービスを購入したため、「イタリア、フランスでは…」が通用したのです。

◆「歯科先進国」の健康意識

歯科先進国の意識の高さを反映するとされる定期受診率も、再検討の余地がありそうです。「スウェーデンでは、国民の歯科保健意識が高く、国民全員が歯科健診を受けている」とされますが、赤司征大氏(ホワイトクロス代表・歯科医師)が、欧州各国における過去1年間の歯科受診経験を比較したところ、デンマーク78%、ドイツ77%などに対して、スウェーデンは71% でした。このうち、予防目的の受診の割合はノルウェーの79%、イギリス72% に対して、スウェーデンは60% でした(『アポロニア21』2016年11月号「安田編集室」)。これを掛け合わせると、予防目的で定期受診しているスウェーデン人は四

2.6%となります。日本の31.3%(日本歯科医師会、2018年)より高いものの、「国民全員」というのとはだいぶ差がありそうです。

あるスウェーデンのインプラント専門医が「インプラントも残存歯に含めることがある」と講演で指摘したのを聞いたことがあります。国際比較では基準を合わせるのも難しいのです。

自分たちの立ち位置を知るために、外国をベンチマークすることには一定の意義があるとは思いますが、実態をきちんと理解した上で議論することが大切ではないかと感じます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第15回 集団免疫と社会保障のシステム

【注目されるその後のスウェーデン】

日本も含めて各国で新型コロナの感染者数が増加。「第3波が到来」との危機感が高まっています。深刻な感染拡大が続いたヨーロッパの中で、これまでロックダウン(都市封鎖)のような強い対策を取ってこなかったスウェーデン政府が、11月16日に「9人以上の集会を禁止」などの行動制限に踏み切りました。緩かった対策の背景には、人口の一定割合が感染すれば、それ以上の感染が広がらないという「集団免疫」への期待もあったとされます。集団免疫への期待は妥当だったのでしょうか。

◆冷静な判断と情報開示!?

スウェーデンは、ヨーロッパ全土でコロナ禍が広がった後も、他国で試みられたような強い措置を取らなかったことが知られています。コンサートなどは中止、映画館でも席を空けて

座るように求めるなど、まったく放置した訳ではないそうですが、飲食店の多くは自粛せずに営業を続けました。

結果、感染者数、死者数が周辺諸国より高い状態が続き、10月までの人口10万人対累積死者数はノルウェーの11倍、フィンランドの9倍に上っています(ジョンズ・ホプキンス大学)。

無為無策のように批判されたスウェーデンですが、7月17日には政府が「わが国は新型コロナウイルスに対する集団免疫を獲得したようだ」と発表。それまで北欧で問題児とされた防疫施策が、一転して評価されるようになりました。

特筆すべきなのは、学校が通常通り授業を続けたことです。「防疫上のリスクを考慮しても、学ぶ権利を侵害する事態ではない」と判断されたそうですが、新型コロナウイルスについては、若年層の感染・重症化リスクが低いことは、当然、考慮されたものと考えられ、その意味では冷静な判断がなされたといえるでしょう。

「集団免疫宣言」の後、世界中のメディアが「ひょっとして、スウェーデンの方策は正しかったのではないか」と論評を始めました。日本では、「スウェーデン政府は、悪い情報も含めて情報開示して国民からの信頼が高かった」と、日本政府の隠蔽体質を暗に批判する論調も見られました。

しかし、10月以降の感染再拡大により、ついに強い措置(それでも、周辺諸国よりは緩いが…)に踏み切らざるを得なかったということです。

◆医療改革で「制度のはざま」に

ただし、スウェーデン政府が未知のウイルス感染症に対しても、積極的で大規模な措置を講じなかった理由を考える必要があります。

スウェーデンでは、1922年のエーデル改革によって、「医療はランスティング(県)」、「介護福祉はコミューン( 市町村)」と、運営主体と財源を整理しました(下記表を参照)。ハーバード大学公衆衛生学大学院のデービッド・ジョーンズ氏らが「ランセット」(2020年9月19日)に掲載した論文「集団免疫の歴史」では、今を去ること110年前、1910年に起こった家畜の集団流産に始まり、その後、ヒトのジフテリアから学問的に観察されるようになった集団免疫について論述した上で、ワクチンなどがない段階では、人々の接触を減らすなどの措置が優先されるべきで、人々を感染させても構わないとする集団免疫を目指す施策は難しいと指摘しています。

現在も世界各地で「みんなで免疫を付ければ良いのだ」と、集団免疫を目指そうという人々がいるのは事実です。しかし、こうしたことは、公衆衛生の専門家から見れば望ましくないのかもしれません。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第14回 その後の歯科医師需給問題はどうなっている?

【歯科医師削減の先行例、オランダはいま】

◆歯科衛生士がう蝕治療

日本歯科医師会が、人口10万人当たりの理想的な歯科医師数として考えているのは50人台だとされています。これは、小児う蝕の蔓延に対して、歯科医師数が不足していた頃の数字で、現在、オランダが同程度となっています。

当然、オランダでは深刻な歯科医師不足となっており、ドイツなどEU圏内の諸国から歯科医師を受け入れて来ました。しかし、外国人歯科医師は数年で帰国してしまう傾向にあるため2020年から歯科衛生士が簡単な歯科治療を行う制度がスタートしました。

政策決定の段階で「タービン、抜歯鉗子を持たせるのか?」と話題になりましたが、そこまでではなく、C1程度の初期う蝕の治療が歯科衛生士業務となったのです。エア・アブレージョンの技術革新で非切削によるう蝕治療が可能になったことが、制度改革を後押しした面もあるようです。

う蝕、歯周病の大半の治療、メインテナンスを歯科衛生士業務とし、歯科医師は、より高度で難易度の高い診断、治療に特化する方向性といえます。

◆日本で歯学部廃止はありうるか

なぜ、オランダは歯科医師業務の見直しを迫られるまで歯科医師不足になったのでしょうか。

「むし歯、欠損が減れば歯科医療が縮小する」と予測し、歯科大学の廃止に踏み切ったものの、予想に反し、歯周管理や摂食機能療法、口腔がんへの対応など、歯科医療需要がむしろ拡大したのが最大の原因でしょう。

もともと、オランダは日本以上の歯科医師過剰国として知られていました。そこで、暫定的にすべての歯科大学を閉鎖。その後、四校だけを再び開設して調整した経緯があります。

こうした大がかりな調整は、教育システムへの国家の関与の度合いが大きいから可能になったことであり、学校経営の独立性の高い私立大学が歯科医師育成の主軸を担っている日本とは明らかに風土が違います。私立大学の場合、学校運営上、国の施策だとしても簡単には定員削減には応じられないためです。

日本でも1990年代、歯科医師需給問題が真剣に議論されました(左記の入学定員削減状況の表参照)。その際、対応策とされたのが以下の三つです。

①歯科大学の定員削減

②歯科医師国家試験の難関化

③(保険医)定年制

その後、実現したのは歯科大学の定員削減、歯科国試の難関化に限られます。

定員削減の一方で、多くの国立大学の歯学部附属病院が医学部に吸収され、基礎系科目の共通化なども進みました。また、高齢化の影響もあって医科との連携が必須となり、国家試験でも医科準用の問題が増えました。歯学部の医学部化が進んだのは事実でしょう。

オランダのように、一時的とはいえ完全に歯学部を廃止してしまうと、その後、歯科医療の業態が多様化して需要が拡大しても対応が難しくなって来ますから、現実的な処方箋が求められます。

医学部化が難しい単科大学では、「母国での受験失敗組を含む留学生枠を拡充」(神歯大)、「幅広く医療関連の専門職大学を目指す」(大歯大)など、国内の歯科医師育成だけに留まらない領域を拡大し始めています。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第13回 個別指導・監査はなぜ必要か

【悪質な逸脱を未然に防ぐ仕組みは?】

個別指導、監査の現行制度を批判する意見の中に、「戦前の行政手続がそのまま残されている」というものがあります。多くの保険医にとって恐怖の対象である個別指導、監査は、何が根本的な問題なのでしょうか。

◆個別指導、監査の運用改善

戦前の法制度では、行政官の裁量権が広く解釈されており、行政手続の権限を制限する仕組みも未整備だったとされますが、健康保険制度では、戦前の制度が現在まで引き続いているとの指摘があります。例えば、

①個別指導で「いつでも監査に移行するぞ」と脅す

②理由なく頻繁に指導を中断して精神的に圧迫する

③「お土産」的意味合いでの自主返還を暗に求める

などの事例は、「厚生労働行政の組織が戦前の制度を引きずっていて、警察官が検事や裁判官を兼ねているようなものだから」との指摘もあります。

こうした健康保険法の不備を改善して、保険医、保険医療機関の権利を守るべく活動している健康保険法改正研究会(石川善一、井上清成共同代表)は、弁護士が積極的に個別指導、監査に関与する活動を推進しています。

同研究会では、個別指導と監査を峻別し、「懇切丁寧を旨とする個別指導」と「行政処分の意味合いがあり証拠保全、尋問などが必要となる監査」とは、担当者も分けるべきだと主張しています。さらに、請求ルールからの逸脱の程度と、それによる処分の重さとのバランスを取るよう、求めています。実際には、そうした制度そのものを変えることには相当なハードルがありますが、現行制度のもとでも経験値の高い弁護士が関わることで保険医、保険医療機関の利益が守られる面も大きいようです。

◆いっそ、公営医療にしてみたら…

歯科メディアで仕事をしていると、「〇〇県で、個別指導で自殺者が出たようだ」などの話が寄せられることがあります。自殺と個別指導との因果関係が明確でなければ、報道は難しいため、こうした情報のほとんどが「お蔵入り」となります。しかし、その傍らで「そもそも、なぜ厚労省がこうした監視を行う必要があるのか」と疑問を持ちました。

保険制度は、原則的には保険者と医療側との契約なので、両者間の契約違反があれば契約解除、賠償請求というルールさえあれば良いはずです。しかし、日本では多額の公費が充当されているため、保険点数の改定、保険ルールの監視も行政が行う仕組みになっています。

さらに、時々、指導医療官の一部も豪語するように「オレたちが医療費削減の役割を担う」という意味合いも、あるのかもしれません。

本当に国が関与するのであれば、イギリスや北欧のような公営医療(NHS)の仕組みとして、年間予算の範囲で医療提供すれば、指導の行き過ぎはなくなるかもしれませんが、本

当にそれが医療従事者にとっても、患者さんにとっても、幸せなことかといえば疑問も残ります。

自由開業医制の良さを生かすためにも、ルールからの逸脱を予防し、「本当のワル」のみを未然に排除する仕組みを改めて模索する時期に来ているかもしれません。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第12回 医療保険ではちゃんとした治療ができない?

【保険診療の憲法上の根拠は第13条の幸福追求権】

よく、「保険ではちゃんとした治療ができない」、「保険診療は貧困層向け」という考えを示す歯科医師がいます。

しかし、不思議なことに、医科では、そういった声を聞くことはめったにありません。これは、なぜなのでしょうか。

保険診療の質に懐疑的な歯科医療従事者の多くは、公的医療保険制度が社会保障の1つという点から、「保険診療の憲法上の根拠は、憲法第25条の生存権だ」と考えているようです。しかし、憲法第25条は、生活保護(と、これに付随する医療給付など)に関する規定だとされています。

仮に、保険診療が生存権によるものだとすれば、1億円を超えるような高額な薬剤が収載されたり、貴金属を使用しているのに歯科医療従事者の評判が悪い「金パラ」で歯冠修復したりする必要はないはずです。

◆二木氏による「幸福追求権」とは

医療経済学者の二木立氏( 日本福祉大学名誉教授)は、保険制度を議論する際の大前提として、「保険診療の憲法上の根拠は、第十三条の幸福追求権だ」と説明します。

幸福追求権は、プライバシー権などで持ち出されることが多い比較的新しい人権ですが、質の高い保険診療が担保されるための権利だと言えます。

さらに二木氏によれば、「過去、医療費の削減を進めた政権でも、最適な医療保障という基本を外れたことはない」とのこと。日本の医療政策が「保険診療は最低限の医療」という考え方で実施されたことはないというのです。

◆「救貧法」の原則

保険診療を含めた社会保障を、貧困者向けの最低保障と見なすか、高度な質を保証するべきと考えるかは、各国の社会制度の成立過程によって違います。

例えば、地域包括ケアシステムを比較すると、イギリス、アメリカ、カナダなどは貧困者救済のニュアンスが強く出る傾向にあります。いずれの組織も対象者を厳しく絞り、徹底して費用対効果を重視します。

カナダ・ケベック州を中心とするケア組織「PRISMA」の担当者によれば、地域包括ケアシステムの「顧客」はサービス利用者ではないとのことで、納税者である地域住民の負担軽減のための活動と位置づけています。

どの組織も対象は主に貧困層。日本のように地域の高齢者全員を見守るという発想は希薄です。これらアングロサクソン系の国は、エリザベスⅠ世時代(17世紀初め)の救貧法(Poor Laws)からの伝統で、地域の貧困は地域の責任、貧困者への給付は必要最小限に、という原則が出来上がってきました。その後、大きな改正を経たものの、こうした原則が、社会保障の考え方に大きく影響しているものと考えられます。

そのため、公営医療(NHS)を持つイギリスにしても、民間保険中心のアメリカにしても、「必要最小限の給付が望ましい」とする発想は共通しているようです。

これに対して、幸福追求権を根拠として公的医療保険制度を運営している日本では、患者さんにとって最適、最良の医療を提供することが求められます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第11回 なぜ、 歯科を給付しない国が多いか?

【歯科疾患は罹患者数が多く社会の損失も大きい】

2019年に、国際的な影響力のある医学雑誌「ランセット」が口腔保健の特集を掲載しました。その際、「歯科疾患は罹患者数が多く、社会の損失も大きいのに、各国政府は無視してきた」と指摘しました。これは、「公的医療システムでの歯科給付が必要だ」との訴えです。

では、なぜ歯科を給付しない国が多かったのでしょうか。

◆「治す医療」が給付対象

ヨーロッパを見ると、日本と似た構造を持つドイツなどは成人にも歯科給付がなされますが、租税を財源に公営医療を運営するイギリスや北欧諸国の歯科給付は原則、未成年まで。南欧諸国では、それすらも一般的ではありません。

近年では、歯周病や根尖病巣などの歯科疾患が、他の臓器にも影響することが知られるようになりました。このことは、医療制度の中に歯科給付を位置付けていく方向性にあると見られますが、長らく、「歯科治療はぜいたく品であり、公的給付になじまない」という考え方があったのは事実のようです。

そのため、成人の歯冠修復は公的給付の対象外で、給付対象となる未成年でも、ステンレススチールの乳歯冠などが一般的だったなど、徹底的にコストカットが図られてきました。これらは、かなりの富裕国でも見られる傾向のため、財政難が理由ではなさそうです。

1つ考えられるのは、公的医療システムが「治すための医療」を給付するように設計されてきたのに対し、歯科医療が、必ずしも「治す」ことだけに留まらない性質を持っていたことが挙げられます。

最初に公的医療システムが整備された1920年代、医療技術はまだまだ未発達な状態で、日本を含め、怪我や病気になった場合の所得補償(傷病手当)が、保険給付の主軸に据えられました。

その後、1940年代以降に公営医療が整備された頃には、医療技術の発達により、病院や保健所などでの傷病治療への給付ができるようになります。

こうして「治す医療」の発展と同時に、医療保険制度が整備されてきましたが、歯科は、必ずしも「治す」ことをゴールにしておらず、病院や保健所でのサービス提供にもなじまなかったといえます。

◆「補綴を含めてこそ」という主張

歯科医療従事者の中にも「欠損補綴や歯冠修復は修理(直す)であって、治療(治す)ではない」と考える人が少なくありません。矯正の対象となる歯列異常も、医学的な定義はまちまちで、医療現場ですら「正常でないから異常だ」という循環論法がまかり通っています。 さらには、「最終補綴」といった用語に見られるように、何かの完成品をセットすることをゴールと考える向きもあり、術後管理、経過観察といった、「治す医療」で一般的なあり方とは一定の距離があったのも事実でしょう。

そのため、公的医療システムに、歯科をフルカバーで入れる国が少なかったのではないかと考えられます。

翻って、日本で成人の欠損補綴も含めた給付が行われてきた背景には、保険制度発足当初から、歯科医師会などからの「補綴を含めてこその歯科医療」との主張が強かった点が挙げられます。

現在、諸外国で拡充が検討されているのは、欠損補綴よりも歯科検診や口腔ケアなどの予防管理、歯周疾患や根尖病巣などの慢性炎症対策が主軸になっているようです。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第10回 「患者負担無料化」に関する効果とコスト考

医療従事者と社会保障政策研究者の見解】

日本では、保険診療を受診する際、患者さんが窓口負担を支払う仕組みを採用しています。 この窓口負担を軽減すれば、経済的理由による受診抑制がなくなり、健康格差が是正されるはずだ、との考え方があります。今回は、この効果と、そうした「患者負担無料化」のコストを誰が支払うのか、などについて考えてみます。

◆患者負担無料化と予防意識の関係

東京歯科保険医協会では、小児の患者負担がない東京23区と、一部負担のある多摩地域での口腔の健康状態を比較。患者負担がない23区のほうが健康の度合いが高いことを示唆しました(2018年発表)。

このように、患者負担を軽減、またはゼロ負担にすることが望ましいという考え方が医療従事者の間に多く見られますが、社会保障政策の研究者からは、疑問の声が呈されることがあります。例えば、慶応大学総合政策学部教授(政策科学)で、元中医協委員の印南一路氏は、「患者負担軽減策は良いが、ゼロ負担はバラマキに過ぎず、健康増進に寄与しない」と批判しており、一定の支持を得ています。

窓口負担の軽減が受診抑制を緩和する一方で、完全に「タダ」にしてしまうと、健康づくり、予防への動機づけがなくなってしまうことも事実のようです。実際、23区内の子どもが歯科受診する際、まったくお金を持ってこない場合も少なくなく、TBIで推奨する歯ブラシを購入させることもできないという話を聞きました。

歯科診療所側では、窓口負担に関係なく診療報酬単価は変わりませんから、予防を徹底しなくても収益面では困りません。そのため、「また、悪くなったら来てください」で済ませてしまう歯科診療所が多くなるのではないかという懸念があります。

京都市では、小児へのむし歯治療(=予防ではない)の無料化が早くから実施されていますが、当初から「予防へのインセンティブが弱まる」という批判が見られました。

◆予防コストを診療所が負担

実は、無料化と予防への動機づけを両立させるために、「むし歯になったら、歯科診療所が損をする」というシステムを採用している国があります。

スウェーデンは、未成年(対象年齢は23歳まで/2019年から)の歯科の自己負担が無料ですが、そのコストの大半は歯科診療所が担っている構造です。ストックホルム市開業のヘーク・利香氏によれば、「地域住民の保健医療に責任を持つランスティンゲット(県に相当)から、子ども1人について人頭割りで歯科診療所に払われる健診料(約1万円)が、小児の診療報酬のすべて」とのことです。

この費用の範囲で詳細な定期健診を行い、もし、受け持ちの子どもが歯科疾患を発症したら、治療費は診療所の持ち出しとされています。健診だけでも年間1万円でペイできるとは思えませんが、むし歯治療が必要になれば大変な損失になります。時折、「スウェーデンの歯科医師は予防に熱心で」などといわれますが、そうしなければ大赤字になってしまうのです。

このように、「誰がコストを負担するのか」によって、制度の在り方が大きく変わることがあります。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第9回 新型コロナ感染症に見る/医療システムに優劣はあるか?

【後の明暗を分けた感染防止の初動対策】

新型コロナウイルス感染症(COVID―19)の拡大防止にいち早く成功した国と、多くの犠牲者を生んだり深刻な経済不安を招いたりしている国の間で明暗が分かれています。それらの違いは、医療システムの優劣で説明できるでしょうか?

◆慢性疾患がメインターゲットに

新型コロナ対応は、通常の医療とは異なる社会インフラ(警察や軍隊など)も動員される「防疫」で、医療システムの力量をそのまま反映する訳ではありません。

とはいえ、「医療システムの充実したヨーロッパで、なぜ多数の死者が」という疑問を多くの人が抱いたのは不思議なことではありません。

治療薬が存在しない段階では、どの国でも可能な措置は隔離、行動制限などだけですが、「入院施設が足りない」、「検査キットが足りない」といった問題が噴出したことには、理由があります。

◆医療財政危機時のヨーロッパ諸国の対応

医療財政の危機に陥った1970年代以降のヨーロッパ諸国は、「いかに医療資源を使わせないようにするか」を追求してきたといっても過言ではありません。

◆非感染性疾患群

さらには、世界的な保健上の最大の問題となったのは、生活習慣に起因する非感染性疾患群(NCDs)で、世界保健機関(WHO)は、これまでもそうした慢性疾患に重点を置いて

きました。

このNCDsの多くは完治が期待しにくい複合的な病気であり、個々の生活習慣に起因するところが大きい分、予防も困難です。そこで、医療改革の目標は、以下の2点が中心となりました。

①多少の病気でも元気に過ごせる「健康寿命」を伸ばす。

②病床配置のムダを削減して医療費を効率的に配分する。

途上国の急性感染症そうした中、ややもすると「途上国で起きる他人事」と思われてきた急性感染症は、大きな盲点だったのです。

◆医療システムの3つのモデルと特色

現在のヨーロッパ諸国の医療システムは、歯科を含めて3つのモデルに分類できます。日本は1920年代にビスマルクモデル採用。

  • ノルディックモデル:イギリス、北欧など。税金を財源として政府機関が運営する国営医療で、比較的手厚い給付。未成年の歯科治療は全額給付。

②南欧モデル:スペイン、イタリアなど。イギリス型の国営医療がモデルだが、予算の関係で貧困層向けの医療給付に偏る。そのため、歯科給付はほとんどない。

③ビスマルクモデル=ドイツ、スイス、オランダなど。社会保険料を財源として診療側と保険者の調整で運営されており、比較的手厚い給付。成人の歯科治療費も給付する国が多い。

日本は、1920年代から③に分類される医療システムを持っていますが、各国とも、国内事情を反映して設立当初とは大きく変化させてきました。

ビスマルクモデルの国も、保険者の運営が難しくなって公費が充当されると、イギリス並みの国家管理が導入されるようになっています。

◆医療制度が変わる?

世界各国の医療システムは、慢性疾患や高齢化に向けて最適化されてきました。仮に、COVID―19で痛手を受けたとしても、急性感染症をメインターゲットとするような改革はなされないのではないでしょうか。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第8回 大規模な防疫は医療か?

防疫対策で費用対効果を考えることは困難】

◆「新型コロナ対策」に関する費用対効果 

感染症や精神病にかかった人を隔離することは、病院が出来た当初の役割の中心でした。これらの防疫を実施するのは、必ずしも医療従事者とは限りません。

実際、明治時代の日本でコレラが流行した際、病人を見つけて「避病院」という隔離施設に連行するのは警察の役割でした。

大規模感染症は「社会全体の脅威」ですから、個々の患者さんが治るかどうかは大きな問題ではなく、感染を広げないことが防疫の第一命題。つまり、通常の医療と防疫は質的に異なっているのです。通常の医療は「商品」だからこそ、費用対効果の考慮が重要です。

一方、警察、場合によっては軍隊も関わるような防疫では、中国で叫ばれた「防疫戦争に勝ち抜け!」というスローガンに象徴されるように、費用対効果を考えるのは困難です。ドイツやイギリスでは「新型コロナウイルスに国民の大多数を感染させ、集団免疫を得てはどうか?」という施策が検討されたりしました。

このように膨大な損害を許容しうるのも、防疫が戦争に近いものだからだといえます。「ポストコロナ」の社会はCOVID―19流行の前後で、医療を含めた社会のあり方が大きく変貌するのは確実だと思われます。

小社では、WEB会議システムの「ZOOM」を使ったWEB取材が増えてきています。歯科診療所では、遠隔診療をはじめ医療現場でのスマホの活用が大幅に拡大する可能性があります。

遠隔診療には「近隣のクリニックを受診する人が減る」という懸念がある一方、今後、歯科診療所数が急速に減少すると予測される地域での訪問診療や巡回診療などでの活用が期待され、全体的には、医療の費用対効果を改善する方策と見る向きもあります。

また、新型コロナウイルスのワクチン開発を切望する声が日増しに高まっています。日本は、ワクチンの普及に慎重な国として知られていますが、「インフルエンザなどでの定期接種を拡充すべきだ」との意見も見られます。ワクチン慎重論の根拠は「副反応で苦しむ人がいる」というものですが、ヨーロッパで浮上した集団免疫の考え方からすれば「社会のためだ。個人の都合など知らない」という極論もまかり通ってしまうかもしれません。ワクチンとは人工的な集団免疫に他ならないからです。

これから先、「ポストコロナ」の社会が、人々にとって住みにくいものにならず、新しい可能性を拓くものであることを祈りたいと思っています。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第7回 世界的な感染拡大をプラスに転じる

【危機感だけでなく将来の可能性にも目を向ける】

新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID―19」)の拡大が止まりません。歯科医療界でも、大規模なデンタルショーや学会などが軒並み中止となり、歯科大学の卒業式も中止、規模縮小などが相次いでいます。

こうした事態に対し、WHO(世界保健機関)はパンデミックを宣言。2019年3月25日には「不要不急の外出を控えてほしい」との小池百合子東京都知事の発言が、都民に緊張感を与えました。

一方、権威ある学術雑誌を含め、これまでとは想像できないほどのスピードで、次々に感染経路、病態の変化、予防法、治療法などについての情報発信が続いています。

◆黒死病で整った社会制度

中でも、中国大陸とシンガポールからの発信が目立ちますが、防疫施策では遅れが指摘された中国が、その一方で冷静な目で状況を把握し、膨大な医学業績を蓄積しつつあることは注目に値します。

感染症対策に限らず、社会的に大きなインパクトのある事故や災害が発生した場合、継続的なデータ収集と分析が、その後の対応に活かされることが多いもの。特に、今回のCOVID―19では、台湾政府の対応が適切、迅速、徹底的だとして高く評価されています。これは、過去のSARS対策での苦い経験を踏まえたものと言われています。

ヨーロッパの代表的な防疫施策は、いずれも14世紀から19世紀まで断続的に流行した黒死病(現在では、ペストだけではないとされている)への対策がルーツです。代表格は以下の3つで、現在の感染対策に反映されています。

①汚染地域からの人や荷物を一定期間、上陸させないで監視する検疫(イタリア)

②地域の衛生行政のセンターとなる保健所(フランス)

③住民の死因を記録、発表 する死亡統計表(イギリス)

◆「歯の病気」が死亡統計表に

死亡統計表は19世紀初頭まで断続的に発行され、その後の疫学調査やエビデンスに基づく医療・保健に直結しました。

ロンドンとその周辺において、最小の行政単位である教区ごとに毎週木曜日に発行され、一般の人も読むことができました。

当初、ペストでの死亡者数の変化を追うことで、危険な地域を特定することが目的でしたが、ペストの流行が一段落すると、別の死因が数多く記録されるようになります。例えば、17〜18世紀の記録に「Teeth」と「Dentition」との記録が非常に多く見られます(厳密には歯科疾患ではなく、乳歯萌出時の胃腸疾患)。この病気での死亡者数が、17世紀の資料ではペストなどと同程度だったことが分かります。

これらを記録したのは、教区の事務官です。そのため「医師でない素人による記録」だとされ、死因統計に用いられにくかった資料です。しかし、それら素人が100年単位で記録し続けた伝統が、大規模な疫学調査を可能にしたことが重要といえます。その後、コレラや壊血病の予防につながる疫学研究で、イギリスが世界をリードしたのは、こうした統計の経験があったからに他なりません。

現在、われわれを苦しめるCOVID―19の感染拡大も、社会に新たな仕組みや技術をもたらしてくれるかもしれません。危機感に煽られるだけでなく、そうした将来の可能性にも目を向けておきたいものです。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第6回 感染症が18世紀の歯科を発展させた

◆「隔離」は医療の原点なのか?

新型コロナウイルス肺炎の広がりが連日報道され、街を行き交う人の多くがマスクを着用しています。2019年2月15、16日開催の中部デンタルショーでも、出展関係者全員へのマスク着用の指示があったということです。

18世紀までヨーロッパにおける病院の役割の中心は、「治療」ではなく感染症や精神疾患の患者、貧困者の「隔離」にあったと聞いて、「今ほど肌感覚で理解できることはないかもしれない」と感じました。

現在の中国・武漢市で、短期間に隔離用の病院を作ったことが話題になっていますが、これは、伝統的な病院の役割に即したものとも言えます。

◆島国の日本特有の感染症観

ややもすると、島国の日本は「伝染病は外から来るもの」という意識が強く、いまだに「武漢に立ち寄った人がハイリスク」という前提の水際作戦を重視していますが、二次感染以降の国内感染が確認されている現在、対応のフェイズが変わりました。むしろ、「あらゆる人から感染源が持ち込まれる」という前提での感染経路の遮断が必要です。 

特に、日本の歯科医療現場では、目を覆うゴーグルの普及が思うように進んでいませんが、歯科医療はさまざまなエアロゾル手技を伴いますから、今後、目の粘膜保護が重視されていくと考えられます。

一方で、アメリカでインフルエンザが猛威をふるっているのに、日本ではインフルエンザの感染者が、今年に入って少ないのは、「新型肺炎ショック」によって人々の衛生意識が高まったからではないか、とも言えそうです。

「病気は外国から」、という風潮は、18世紀のイギリスでも顕著に見られました。当時、梅毒がイギリスとフランスという長く敵対してきた両国で大流行。すでに、一種の「花柳病」というイメージが強くありましたが、イギリスでは「フランス病」(フランス人からうつされた)、フランスでは「イギリス病」(イギリス人が持ち込んだ)という、まさに被害者意識丸出しのネーミングで呼び合っていました。

◆梅毒の広がりで欠損補綴が発展した

イギリス、特にロンドンで大流行したのは、「梅毒になると、ペストにならない」という俗説を信じ込んだ紳士らが、梅毒をうつしてもらおうとして、売春宿に殺到したためともいわれています。

梅毒は、重症化すると鼻などが破壊されてしまいますから、同時代の両国の義歯の画像を見ると、鼻や唇に補綴をしたり、口蓋を塞ぐ装置などがセットされている大がかりなものが珍しくありません。

当時の欠損補綴症例は、むし歯や歯周病によるものだけでなく、梅毒由来のものも少なくなかったと思われます。

こうして、大規模な欠損に対応した高度な補綴技術が発展した、とも言えそうですが、これらは「見た目を整えるもの」に過ぎず、咀嚼をサポートする機能は期待されていなかったようです。

今回の感染症騒ぎは、さまざまな面で近代医療の出発点を顧みる機会になっていると感じます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第5回 歯科が家庭医機能を果たす時代 !?

◆途上国でインプラントが流行

それぞれの社会で必要とされる歯科医療と、実際に提供されているものとの間が、かなりかけ離れていて驚ろかされることがあります。例えば、深刻な歯科医療従事者不足が問題になっているカンボジアで、大半の歯科医師の関心事はインプラント。急増するう蝕の予防には、高いニーズがあるはずなのに、関心を持たないのだそうです。

世界保健機関(WHO)の数少ない歯科医官として、口腔保健の普及に当たっている牧野由佳氏(アフリカ地域事務所)によれば、口腔保健を途上国でも定着させていくために必要ことは、以下の3点。

①基本的なサービスへのアクセスの確保

②住民のニーズに合った人材の育成

③予防、治療の金銭的負担の軽減

つまり、小児う蝕が急増して予防が急務なのに、インプラントばかり追求しているカンボジアは、②の条件を満たしていないことになります。

また、CAD/CAM冠の技工というと、技術そのものは先進国的ですが、実は、ニーズがあるのは途上国の方です。先進国には、効率的に治療しなければならない大規模な欠損などは稀だからです。これらも、ある意味では、普及している地域とニーズのある地域が噛み合わない歯科医療と言えるかもしれません。

◆歯科への要請は家庭医の機能

では、現在の日本では何が求められるのでしょうか。結論から言えば、全身疾患を早期発見する役割が求められていると考えられます。

歯科医師国家試験でも、医科領域の問題が増えており、歯科と医科の境界が急速に薄まっている印象です。歯科医院でも医科疾患に対処する必要が出てきたためだと考えられます。 次の診療報酬改定で、二百床を超える病院への初診、再診で紹介状がない場合には追加負担が求められるようになります。これは、まずは家庭医を受診する流れを強化し、すでにパンク状態にある大病院の診療機能を改善しようとする政策です。

日本は、イギリスや北欧諸国と異なり、家庭医を独途上国でインプラントが流行立して育成してきた歴史が浅く、「もとは何かの専門医だった家庭医」がプライマリ・ケアを担う構造になっています。そのため、充分なスクリーニング機能が果たせず、誤診や見落としのリスクが懸念されます。

実際、私自身も、喉の痛みや出血に悩んで街の二カ所のクリニックを受診しましたが、「風邪」、「心理的な問題」などの診断。結局、自分の判断で近隣の病院で検査を受け、進行がんが見つかりました。

家庭医への受診を促して機能分化を推進するのは、医療費削減の上でも避けて通れないものの、肝心の家庭医が地域にいない、というのが日本の現状だと言えます。そこで、既存の医療機関が、個々に家庭医機能を高めていくよう求められます。これは、歯科でも例外ではなく、例えば、口腔の状況から全身疾患の徴候を判別する能力が要求されます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第4回 「21世紀は歯科の時代」その歴史的根拠

◆「歯科を排除」という都市伝説

世界的に、「歯科は医科から排除された」という「都市伝説」があります。これは、歴史的経緯から事実ではないようです。近代歯科医療が勃興した18世紀、特にイギリスの都市部では、爆発的な消費ブームが起きていました。人間の生命から死体に至るまで、あらゆるものが売買の対象になります。それまで、教会や地方公共団体が管理していた医療も、お金を出せばだれでも買える「商品」に変化しました。

18世紀半ばにフランスから伝わった近代的歯科医療もその1つですが、爆発的に拡大する医療需要に対して、外科医や薬剤師などが地位を向上させ、薬剤師の一部は「家庭医」に変化していきました。

19世紀になると、これらの医療専門職の資格を公的管理する政策が取られ、イギリスでは王立外科協会がデンティストの資格認定を開始。世界最初の歯科医師国家試験(1860年)の合格者43人が、デンティストの資格で王立外科協会に加入しました。

しかし、その他の大半のデンティストは「追加の教育を受けたくない」、「すでに、歯科医業をしているから必要ない」という理由で参加を見送りました。「21世紀は歯科の時代」その歴史的根拠 当時、医学部と病院の機能が変化し、病気やケガを治す医療技術が次々に生み出されていきました。そこで病院は、「感染症や精神疾患の患者などを隔離する」という機能から、「病気やケガを治すところ」へと発展していきます。

こうした場所で行われる医療が、20世紀以降に整備された公的医療システムの給付対象になり、それに関連する医学が医学部で教育されるようになりました。

◆「病院の医療」の終わり? 

現在、ヨーロッパでは成人の歯科治療費を公的給付の対象にしていない国が大半であり、日本も含め、医学部では歯科医師養成をしていません。しかし『The Lancet』2019年7月号が口腔保健を特集した際、「歯科疾患は罹患率が高く社会損失も大きいのに、公的給付は十分でない」と批判。今後は、公的医療システムの中に、歯科を含めていく流れになる可能性が示唆されます。

21世紀、多くの国で急速に高齢化が進んだ結果、「治らない病気(慢性疾患)」の割合が拡大しました。そのため、医療の主軸が大規模な病院から地域のクリニックや在宅に移る傾向が顕著になっています。そして、多職種連携が前提の地域包括ケアが各国で検討されています。

高齢の患者さんの心の平安にとって大きなキーワードに挙げられる「口から食べられる」、「自分で排せつできる」の2つのうちの一翼を担っている歯科は、21世紀に改めて重要性が増すと考えられます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第3回 歯科技工の変革期到来か

【中規模ラボ対象のアンケートから】

◆約8割のラボが値上げへ

以前から東京歯科保険医協会でも、歯科技工士の過重労働や低賃金の問題が訴えられてきました。また、ラボ経営を厳しくしている原因の1つに、ダンピング合戦が挙げられていましたが、ここに来て潮目が変わったようです。

日本歯科新聞社が全国の中規模ラボにアンケートしたところ、直近一年で「値上げした」ないし「値上げを予定」とする回答が78.7%でした(2019年9月実施。N=47/協力/一般社団法人日本歯科技工所協会)。

値上げの背景には、求人難や働き方改革への対応でコスト高になっていることや、中小ラボをつなぐ営業会社の出現で、交渉力が付いてきたことなどが考えられます。

日本の医療保険制度による歯科技工物の極端な低価格は、歯科医師の多くも「こんなことでは日本から歯科技工がなくなってしまう」と懸念を示していたことなので、ここに来てようやく一段落となりつつあると歓迎する見方が強いようです。

◆時代は国際的な自由競争へ

補綴処置の保険点数には技工代金が包括されており、技工料金が保険点数で明記されていないことを、歯科技工界は問題視してきました。

投薬における処方箋では医師に発行義務があるのに、委託技工では歯科医師に指示書の発行義務がないことも、技工料金の不安定さの背景にあるのではないかと考える向きもあります。

そのようなことから、保険医協会や歯科技工士会は、原価計算をもとにした技工報酬の体系整備や、保険技工での報酬配分を定めた大臣告示(7対3)を守るべきだといった主張を行ってきた経緯がありますが、これまでの運動の実効性は、まだ十分とは言えない状況なのではないのでしょうか。

これに対して、ラボ間の淘汰に勝ち残った中規模ラボが発言力を増しつつあり、値上げ傾向につながったと見ることもできます。

さらに、これらの「勝ち組」が、利益の薄い日本市場を離れて海外市場を開拓するようになると、日本の歯科診療所の大多数が相手にされなくなることも考えられます。

◆新たな方向性は?

歯科技工士と同じく「モノ」を扱う医療職である薬剤師も、従来は医薬分業を通じて「調剤権を医師から取り戻す」という政治的主張をしてきましたが、現在では、病院薬剤師をはじめとして、調剤そのものよりも、薬についての情報提供を行う臨床スタッフとしてのほうに、軸足が向きつつあります。

AIでの設計支援や3D積層技術などの導入が進む歯科技工では、工業、輸出産業としての発展が期待される一方で、医療職種として患者さんと接する機会を増やす取り組みは進んでいません。単独での対面行為などが広く認められれば、患者利益につながると期待できますし、補綴や矯正に関するコンサルテーションの担い手として歯科技工士を雇用する歯科診療所も出てきています。

しかし、そのような活躍の場が広がれば広がるほど、現場での歯科技工士不足が深刻化することも事実なのですが…。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第2回 「病気になると貧乏になる」のを防ぐ制度

【日本とドイツは歴史的に最も早く公的医療保険制度を整備】

◆歯科での導入例も 

日本の歯科医療は、公的医療保険での給付範囲が広いのが特徴です。これに対して、ヨーロッパの多くの国は、日本よりも豊かな財政環境にある国も含めて、成人への歯科給付は行わないのが普通です。

伝統ある医学雑誌「ランセット」(2018年7月発行)が歯科口腔保健を特集した際には「歯科疾患の罹患率が高いのに公的給付されていない国が多く、予防的な配慮も不十分」と指摘しました。

しかし、これは「歯科医療を軽視している」というわけではなく、公的医療システムの目的によるものと考えられます。公的医療システムは「病気になると貧乏になる」のを防ぐ制度であり、多くの国で歯科医療への給付が限定的なのは、歯科治療への支出が、極端には家計を圧迫しないと考えられてきたためだと思われます。

歴史的に見ると、世界で最も早く公的医療システムを整備した国はドイツと日本で、当初は、工場や鉱山の労働者を対象に、「病気や怪我で働けなくなる事態に備える」というもの。

第二次世界大戦後には、イギリスの国営医療(NHS)を筆頭に、公費で医療を賄う制度が北欧諸国などで整備されていきました。

当初は、医療技術が未発達で治らない病気も多かったため、給付範囲が限られている反面、働けなくなった分の生活費を補填する傷病給付金が重視されました。

医療の財政難は高齢化だけでなく、医療技術の発展で「治る病気」が増加し、給付範囲が広がったことも要因です。

医療技術が未発達だった時には収入の補填が中心だったのが、技術発展の結果、医療本体への給付にシフトしてきた経緯があるのです。

何を給付するかの取捨選択では「家計をどれだけ圧迫するか」が重視されたと考えられ、比較的、費用が安かった歯科治療は後回しにされた経緯があったものと考えられます。

しかし、小児う蝕をはじめとする歯科疾患が、社会的な格差に関連していることが明らかになり、公的給付が広がっています。カタストロフィー 保険という選択肢 近年、医療の財政難に対応すべく、さまざまな改革案が出されていますが、その1つに「カタストロフィー保険」があります。 

これは、文字通り、「医療費で家計が破綻(カタストロ)するのを防ぐ」もので、一定額までの日常的な治療や投薬には給付しない一方、一部の高額医療には、そのほとんどを保険給付するという制度です。すでに、スウェーデンでは「成人歯科給付制度」が取り入れており、う蝕治療は完全に自己負担ですが、インプラントなどには、実に85%もの給付率となっています。しかし、これだと大多数の症例が給付対象外となるため、多くの人が制度の有難みを享受できないことになります。

日本でも、薬局で買える薬を公的医療から外す動きがありますが、これもカタストロフィー保険の1つであるといえます。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。

第1回 がん闘病で見えた医療システムの横顔

【入院先病院の周術期口腔機能管理の説明に「納得できない部分」も】

私は、日本歯科新聞社『アポロニア21』編集長の水谷惟紗久です。普段は、全国の歯科医療現場を取材。1998年以来、国内外で延べ1000件以上を訪問してきました。ところが2018年11月に下咽頭がんが見つかり、12月に手術を受けました。手術で切除した部位に、がんの被膜外進展が見つかり、放射線化学療法も経験しました。手術により、咽頭を全摘出したため声を失ったものの、現在、電気喉頭を利用してコミュニケーションを図り、取材もこなしています。何しろ手術はおろか、入院も初めてで不安も大きかったのですが、1人の記者として学んだことも多かったです。

◆「病診連携」の風穴

歯科においても、他科や病院との連携が重視されていますが、私の場合、喉の違和感に気付いてから内科、耳鼻科のクリニックに通ったものの、そこでは病気の発見には至りませんでした。「気のせいでしょう」、「乾燥したのかな」と経過観察をするうちに、急速に声がガラガラになり、「いよいよこれは危険」と患者なりに判断して近隣の病院耳鼻科に。そこで受けた内視鏡検査で「悪性腫瘍の疑い」とされ、系列の大学病院に送られました。結果は進行がんでした。即手術となり、ギリギリのところで一命をとりとめられたのは、自己判断で街の診療所から中小病院、大病院という流れを飛び越えたおかげだったのです。

◆高額療養費制度で安心

人によって差があると思いますが、進行がんで生命の危険があると説明され、一番心配したのは経済的なことでした。「仕事ができなくなって収入が途絶するのでは?」、「高い治療費で家計が圧迫されるかも」と不安になりました。

入院前には、どんな治療になるか、それらのコストはどの程度かが分かりません。そのような中、所得に応じて高額な治療費のほとんどを保険で給付してくれる高額療養費制度は心の支えになりました。実は、記者としては「医療費のムダ使いにつながるのでは?」と疑念を持っていた制度ですが、自身が患者になってありがたみを痛感しました。

◆周術期口腔機能管理

入院先の病院では、院内の口腔科で周術期口腔機能管理を行っていました。術前、術後のセルフケアを指導する、放射線治療で使用するマウスピースを作成するなどの役割を担っています。

放射線治療での喉の痛み、突然進む味覚異常は、大きな不安につながりますが、個人差が大きいので一般的な説明では納得できない部分もありました。痛みの強い時のケアも分からなかったとはいえ、おススメのセルフケアグッズなどを聞いておけば良かったかな、と思いました。

ほかにも、お伝えしたいことがたくさんありますが、またの機会に。

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【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。