連載/協会探訪 その⑫  日本における歯科医療のはじまり その その1 /東京歯科保険医協会会長 早坂美都


連載/協会探訪 その⑫  日本における歯科医療のはじまり その その1 /東京歯科保険医協会会長 早坂美都

これから「協会探訪」は、協会や保団連の歩みを振り返っていきます。
その前に、少し寄り道をして、日本の歯科医療がどのように発展してきたのかについておおまかに触れておきたいと思います。


◆ 最初の「歯磨き」?
日本には古くから歯磨きの習慣があったと考えられています。4~7世紀頃の人骨から、臼歯の外側に特徴的な摩耗が確認されています。これは、楊枝や粒子の粗い歯磨き剤を用いて歯を清掃していた痕跡とみられています。
歯磨きに関する最古の記録は、平安時代に編さんされた日本最古の医書『醫心方(いしんほう)』です。984(永観2)年、医家・丹波康頼が円融天皇に献上したもので、現在は国宝に指定されています。醫心方には「食後にうがいをすれば虫歯を防ぐ」との記述があります。かつては神事のためのお清めであったうがいが、口腔衛生のためにも行われるようになったことがうかがえます。


◆ 「耳目口歯科」から「口中科」へ
「歯科」の起源となる言葉は、701(大宝元)年制定の律令「医疾令」に見られます。当時は「耳目口歯科」と呼ばれ、耳・目・口・歯は一つの診療分野でした。その後、「口歯科」「口科」「口中科」へと名称が変化し、江戸時代には口中医のほか、入れ歯師や歯抜き師、さらには香具師が抜歯や歯薬の販売も行っていたようです。

◆ 歯科医学の伝来
日本において本格的に近代歯科医学が始まったのは明治に入ってからです。経路は、南蛮医学・蘭学、中国医学など諸説あります。また、来日した外国人歯科医師から直接学んだ日本人が、その技術を広めたとも考えられています。
その中でも、日本の近代歯科医学に大きな足跡を残した人物が、アメリカ人歯科医ウィリアム・クラーク・イーストレーキです。イーストレーキは1860(万延元)年頃に来日し、長崎や横浜で歯科医院を開業したことから、「日本近代歯科医学の父」とも称されています。
イーストレーキは81(明治14)年に再来日し、再び横浜で診療を開始しました。福沢諭吉とも親交を結び、近代歯科医学の普及に尽力したとされています。当時、日本では西洋医学、とりわけドイツ医学の導入が進められており、日本の医療制度が大きく転換する時代でありました。イーストレーキが紹介した近代歯科医学も、その流れの中で発展していくことになります。
余談ですが、66(慶応2)年に、横浜で開業していた外国人歯科医レスノーが、陶材や金属を用いた義歯を紹介する広告を『海外新聞』に掲載しています。この頃にはすでに、こういった材料を用いた修復治療が日本でも行われていたことが分かります。
このように、日本の歯科医療は古くからの口腔衛生の知恵に、西洋から伝わった近代歯科医学が加わることで大きく発展していきました。次回は、その礎を築いた日本初の歯科専門医・小幡英之助の足跡をたどってみたいと思います。


【参考文献】
・丹波康頼撰「医心方」復刻版(『日本古典全集 1~7』所収・1980・現代思潮社)
・一般社団法人 京すずめ文化観光研究所
・中外医事新報1251号(中外医事新報社)1938年1月発行
・歯科医師衛生史(全巻)(日本歯科医師会)1940年10月発行
・検証・歯科医学史の書誌(日本歯科医学史学会会誌 第29巻第3号通巻11号)
・医政百年史(厚生省)1976年9月発行