第18回/最終回 それでも保険制度に守られている?

【今後の技術革新を保険制度の変革につなげるには…】

1年半にわたるこの連載も、今回で最終回です。そこで、多くの歯科医療者が感じているであろう保険制度への不満と、技術革新がそうした状況を打破できるのかについての考察をまとめます。

◆70年代から「保険は限界」とされた

東京歯科保険医協会が東京都23区内に届出のある歯科技工所の経営実態を調べた調査(2021年1月18日公表、有効回答211件)によれば、2019年度の売上で「80%以上が保険」という回答が52%でした。そして、「総売上500万円以内」という回答が27%であるなど、個人ラボを中心に低収入で長時間労働、という実態を浮き彫りにしました。

以前から、保険技工の不採算性が問題でしたが、テナント料、人件費など固定コストが高い23区内の歯科技工所でも保険技工を中心にしているところが意外に多いことが印象的です。

私が歯科業界に入った1990年代の終わり頃から、「保険では食べられない」、「保険ではちゃんとした治療ができない」という声をたくさん聞いてきました。

こうした「保険診療限界説」は医科ではあまり聞きませんが、歯科ではかなり昔から語られてきました。『日本歯科新聞』の1977年5月11日号には、諸外国に比べて日本の歯科の保険診療単価が極めて低く抑えられていることを示す表が掲載されました。その号のコラムのタイトルは「限界に来た保険制度」というもの…。低単価政策に悩まされながらも、多くの歯科医師、歯科技工士らが保険診療を担ってきました。月刊『アポロニア21』に掲載した完全自費診療に移行した歯科医師のエッセイに、「保険扱い」の文言を看板に入れられなくなるのが不安、という一節があったのを覚えています。

◆技術革新は制度を変革するか?

保険制度には不満がある、けれども保険の仕事は続けたいという本音がある中、技術革新がさまざまな矛盾を解決してくれるとの期待も大きいようです。

その代表格がCAD/CAM技術。10年ほど前、院内用CAD/CAMを導入したドイツの歯科診療所を取材した際、「委託技工の工賃が上がって、単冠のクラウンならこうした機械に頼るしかないんだ…」との院長の率直なコメントに、同行してくれたメーカーの方の顔が凍り付いたのを思い出します。その後、機器やソフトの精度が飛躍的に向上し、「デジタルデンティストリー」の隆盛に繋がっています。

当時から、「光学印象データを海外に飛ばす国際流通が進むだろう」、「作業工程が効率化され、歯科技工士不足が解消されるだろう」などの予測が見られま 技術革新は制度を変革するか?した。日本はCAD/CAM冠を積極的に保険診療に導入している特異な国ですが、現状、保険技工では海外委託が(表向き)認められておらず、歯科技工士の不足はより深刻化しています。

逆に、治療効率が上がることによるオーバートリートメントを心配する意見も。アメリカ歯科医師会(ADA)のご意見番、ゴードン・クリステンセン氏は『JADA』(2013年10月号)に「2012年の1年間で全米で5450万本のクラウンがセットされた」との論文を掲載。CAD/CAMで簡単にクラウンが作製できるようになり、充填処置で済む症例でも「簡単で価格も高い」という理由から、より侵襲の大きいクラウンが選択されたと批判したのです。技術革新が、必ずしも患者利益には結び付かない例だと言えます。

今後の技術革新を保険制度の変革につなげるのであれば、歯科業界の都合だけで議論するのではなく、患者利益の視点が大切なのだと考えています。

(最終回)

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。