第13回 個別指導・監査はなぜ必要か

【悪質な逸脱を未然に防ぐ仕組みは?】

個別指導、監査の現行制度を批判する意見の中に、「戦前の行政手続がそのまま残されている」というものがあります。多くの保険医にとって恐怖の対象である個別指導、監査は、何が根本的な問題なのでしょうか。

◆個別指導、監査の運用改善

戦前の法制度では、行政官の裁量権が広く解釈されており、行政手続の権限を制限する仕組みも未整備だったとされますが、健康保険制度では、戦前の制度が現在まで引き続いているとの指摘があります。例えば、

①個別指導で「いつでも監査に移行するぞ」と脅す

②理由なく頻繁に指導を中断して精神的に圧迫する

③「お土産」的意味合いでの自主返還を暗に求める

などの事例は、「厚生労働行政の組織が戦前の制度を引きずっていて、警察官が検事や裁判官を兼ねているようなものだから」との指摘もあります。

こうした健康保険法の不備を改善して、保険医、保険医療機関の権利を守るべく活動している健康保険法改正研究会(石川善一、井上清成共同代表)は、弁護士が積極的に個別指導、監査に関与する活動を推進しています。

同研究会では、個別指導と監査を峻別し、「懇切丁寧を旨とする個別指導」と「行政処分の意味合いがあり証拠保全、尋問などが必要となる監査」とは、担当者も分けるべきだと主張しています。さらに、請求ルールからの逸脱の程度と、それによる処分の重さとのバランスを取るよう、求めています。実際には、そうした制度そのものを変えることには相当なハードルがありますが、現行制度のもとでも経験値の高い弁護士が関わることで保険医、保険医療機関の利益が守られる面も大きいようです。

◆いっそ、公営医療にしてみたら…

歯科メディアで仕事をしていると、「〇〇県で、個別指導で自殺者が出たようだ」などの話が寄せられることがあります。自殺と個別指導との因果関係が明確でなければ、報道は難しいため、こうした情報のほとんどが「お蔵入り」となります。しかし、その傍らで「そもそも、なぜ厚労省がこうした監視を行う必要があるのか」と疑問を持ちました。

保険制度は、原則的には保険者と医療側との契約なので、両者間の契約違反があれば契約解除、賠償請求というルールさえあれば良いはずです。しかし、日本では多額の公費が充当されているため、保険点数の改定、保険ルールの監視も行政が行う仕組みになっています。

さらに、時々、指導医療官の一部も豪語するように「オレたちが医療費削減の役割を担う」という意味合いも、あるのかもしれません。

本当に国が関与するのであれば、イギリスや北欧のような公営医療(NHS)の仕組みとして、年間予算の範囲で医療提供すれば、指導の行き過ぎはなくなるかもしれませんが、本

当にそれが医療従事者にとっても、患者さんにとっても、幸せなことかといえば疑問も残ります。

自由開業医制の良さを生かすためにも、ルールからの逸脱を予防し、「本当のワル」のみを未然に排除する仕組みを改めて模索する時期に来ているかもしれません。

 

【略 歴】水谷惟紗久(みずたに・いさく): 株式会社日本歯科新聞社『アポロニア21 』編集長。1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。慶応義塾大学大学院修了(文学修士)。早大大学院修了(社会科学修士)。社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て、1999 年より現職。著書に「18世紀イギリスのデンティスト」(日本歯科新聞社、2010年)など。2017年大阪歯科大学客員教授。2018年末、下咽頭がんにより声を失う。