映画紹介⑫ 「故郷よ~ La Terre outragee~」

映画紹介⑫ 「故郷よ La Terre outragee」

【2011年フランス/ウクライナ/ポーランド/ドイツ合作  ミハエル・ボガニム監督・作品】

「森林火災が起きたので」
「行かなきゃいけない」
「上の命令だ」
 愛していると言い残し、男はそれっきり帰って来ませんでした。
 舞台は、ウクライナの廃墟の町プリピャチ。原発のあるチェルノブイリの町に隣接し、人口5万人の美しい町でした。
原発事故から10年が経ち今ではこの町に原発事故観光ツアーの人々が訪れるようになりました。
映画は故郷から強制退去させられ、原発事故によって人生を翻弄された女の「失われた故郷」への10年後の揺れ動く想い、葛藤を描いて行きます。
 物語は、原発事故の起きた1986年4月25日から住民が退去させられる29日までの5準備に追われて大賑わいでした。
 しかし、自然の異変は原発事故があったことを教えてくれていました。
 逃げ場を失った「こうの鳥」の大群が大空を埋め尽くし、野生の大鹿が人里に現れ、番犬はけたたましく吠え、牛は柵を越え暴れ回ります。りんごの木は赤く枯れ、小川には大量の魚が浮いていました。雷鳴が轟き、激しい雨が降り、気象は不安定になりました。原発周辺は、武装した軍隊が、非常線を張っていました。
 26日は、女の結婚式でした。マイクを握って「百万本のバラの花が/あなたの人生をバラ色に染める」と歌っている最中に、新郎は「行かねばクビになる」と半ば脅されて、「山火事の消化活動」に連行されてしまいました。
 暗雲が立ちこめ、振り注ぐ大粒の雨は墨汁のように真っ黒でした。
 原子炉の煙突からは、不気味な青白い焔が立ち昇っていました。
「彼に会わせてください」
「彼は大量の放射能を浴びています」
「なんで?」
「彼に会えばあなたも死んでしまいます」
 29日になって、やっと原発事故が起きたことが住民に知らされました。
「全員、家を出て下さい」
「私物の持ち出しは禁止です」
 住民は、ほんの2、3日の避難だと軽く考えていました。
 10年経って、事故が起きた4炉は厚いコンクリートの壁で固められ、その異様な姿は「石棺」と呼ばれるようになりました。
 女と母は隣町に住み、月の半分はプリピチャで観光ガイドをして暮らしています。
「解体作業員は発電所内の消火活動後、石棺を作りました」
「4000人が亡くなりました」
 母親は娘を心配し、
「いつまでも思い出さないで」
「結婚して子ども産みなさい」
 大観覧車は結局、誰も乗ることもなく赤く錆びついたまま、今も広場に残っています。
 ヒロインのこの女には、「007/慰めの報酬」でボンド・ガールを演じた魅惑的なウクライナ出身のオルガ・キュリレンコが起用されました。  
  (竹田正史/協会理事)