協会ニュース

【教えて!会長!! Vol.78】 PEEK冠の基本的な考え方

【教えて!会長!! Vol.78】 PEEK冠の基本的な考え方

◆日本補綴歯科学会からPEEK冠に関して発表があったそうですが。

 12月1日発行の「東京歯科保険医新聞」第645号「『PEEK 』について」に引き続き、会員から多数の問い合わせがある「PEEK冠」について今回も取り上げます。202312月付けで公益社団法人日本補綴歯科学会(以下、補綴学会)から「PEEK冠に関する基本的な考え方(第1報)」(以下、「PEEK冠の考え方」)が発表されました。詳細は、補綴学会のホームページを参照していただくこととして、その内容をピックアップして紹介します。なお、「PEEK冠の考え方」は「1.概要」、「2.保険診療におけるPEEK冠について」、「3.PEEK冠の製作」、の3項目で構成されています。

 

◆「概要の記載」はどのようなものでしょうか。

 まず「概要」では、以下のようにPEEK冠の特徴を記載しています。「PEEK冠は、非金属性のPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)を材料としてCAD/CAMシステムを用いて歯冠修復する医療技術である。PEEKは生体安全性が高く、高強度で破折リスクが少ない材料。生体親和性が高く、成分の溶出量が少なく、金属アレルギー患者にも適用できる」とし、続けて「一方、ハイブリッドレジンと比較して、高い破壊靱性があるため、支台歯形成においてCAD/CAM冠に比べて、全部金属冠程度に歯質削除量が少なく咬合面やマージン部の厚みが小さくても破折しにくい。従って、上下顎大臼歯に適用可能である。歯冠色にすることはできるが、光透過性を付与することが困難な材料である、現行のCAD/CAM冠に相当するような審美性は有していない。20症例の最後方臼歯を含む大臼歯(23装置中11装置は最後方大臼歯)に装着し、6カ月の経過観察で脱離、破折はなく、咬合接触が維持され治療法として有効であることが報告され、装着後2年の経過観察でも破折や脱離は認められていない」としています。

 

◆「保険診療におけるPEEK冠について」は。

 保険診療に関しては、「適応症は、保持力に十分な歯冠高径があること、過度な咬合圧が加わらないこと等が求められる。部分床義歯の支台歯については、適応症とするためのエビデンスが得られていない。適応症は、大臼歯の単冠症例で上下顎両側の大臼歯。第二大臼歯が欠損して事実上の最後方大臼歯になった第一大臼歯も適用」としています。

 

◆「PEEK冠の製作」については。

 PEEK冠の製作の記載は、CAD/CAM冠との相違点にアンダーラインを付記して説明しています。「支台歯形成は、1.01.5㎜以上の咬合面クリアランス。軸面テーパーは片側610°の範囲におさめる。マージン形態は、ディープシャンファーとし、そのクリアランスは、軸面で1.0㎜以上、辺縁部で約0.8㎜以上にする。鋭利な部分がないように丸みを帯びた形状にする。研磨は、シリコーンポイント後につや出し用研磨剤を用いてバフ研磨を行う」としています。続けて「装着は、接着性レジンセメントを使用することが必須であり、(1)口腔内試適後、PEEK冠内面を弱圧下(0.10.2MPa)でアルミナサンドブラスト処理することが必須である、(2)乾燥後に専用プライマーを塗布し光照射を行う(PEEKは光透過性がないため)、(3)乾燥後に接着性レジンセメントをPEEK冠内面に塗布して装着する、(4)PEEKは光透過性がないため光照射によるクラウン内面の重合は期待できないため化学重合型かデュアルキュア型のセメントを使用する。トレーサビリティシールの管理は、診療録に貼付するなど、保存して管理すること」などとしています。

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以上、補綴学会の「PEEK冠の考え方」について、紙面の都合もあり改変、ピックアップしながら紹介しました。既に、PEEK冠の内面への接着レジンセメントの接着が困難であることや弾性率が低いため、外力で撓たわみやすく、脱離・脱落の可能性が低くないのでは、との懸念が指摘されています。臨床エビデンスも十分とはいえないため、今後、眼前の患者さんに説明できる高いエビデンスの蓄積が望まれます。

東京歯科保険協会

会長  坪田有史

(東京歯科保険医新聞20241月号8面掲載)

【2024年・年頭所感】会員6,000名時代 今後もさらなる発展を目指します/坪田有史会長

 2017年6月の定期総会で会長を拝命し、7回目の年頭所感として新年のご挨拶をさせていただきます。

 一昨年の年頭所感で本会会員数5,937名、昨年1月では5,951名と順調に会員数が増加していることをご報告してきました。さらに昨年6月には6,000名の区切りを超え、2023年12月1日時点で6,030名の会員数となりました。東京都内の歯科医師の任意団体として、昨年も多くの先生にご入会いただき感謝申し上げます。この会員増には、既会員の先生方からの多くのご紹介があり、この場をお借りして先生方のご協力に心から御礼申し上げます。また、未入会の先生方におかれましては、本会入会によって、数多くのメリットがありますので、入会のご検討をよろしくお願い申し上げます。

 特に、2020年初頭からの新型コロナウイルス感染症の影響により、患者が減少し、それ以前に比べ、歯科医療機関の多くが減収となりました。そこで本会会員の会費を3カ月分免除する直接的支援と、国や都の助成金などへの申請を支援することなどを行いました。それらの実施当初から現在に至るまで、最も重要視したのは情報共有でした。
 本会の情報発信ツールとして、FAXニュース、Facebook、本会ホームページがありますが、最も効果があったのはデンタルブックメールニュースでした。情報をスピーディーに会員に届けるため、原則、週3回(月、水、金)、会員のメールアドレスに発信させていただきました。オンライン資格確認システム関連、マイナ保険証、マイナポータル、電子処方箋、そして12月に期中収載された「松風PEEKブロック」の情報など、「どこよりも早く正確に」を心がけて会員との情報共有を図っています。
 歯科医療に関わるインボイス制度と電子帳簿保存法の施行、数カ月後の2024年度診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬などの「トリプル改定」を控えています。さらに、政府は今後、オンライン資格確認システム関連、レセプトのオンライン請求、そして、電子カルテ導入など、数々のシステムを医療機関に義務化しようと準備しています。
 これらの情報を直接、スピーディーに会員へお知らせすることが本会の重要な役割と捉えています。現在、デンタルブックは70%超の会員に発信していますが、100%の会員への情報共有を目指しています。今後の重要な情報を入手していただくため、まだデンタルブックにメールアドレスを登録されていない先生は、本会事務局までご連絡ください。

 本会は1973年4月に設立され、昨年設立50周年を迎えました。そこで、9月10日に都市センターホテル(東京都千代田区)にて「東京歯科保険医協会 50周年記念企画 これからの歯科を考える〜今後もより一層頼りになる存在としてあるために〜」を開催しました。会員のほか、他協会の関係者、国会議員、都議会議員ら、200名を超える参加者が一堂に会し、半世紀の歩みを振り返りながら、将来の展望を語る貴重な時間をともに過ごしました。
 本会設立から50年、その間、多くの会員、関係各位に支えていただきました。これからも一層、患者、国民に良質な歯科保険医療を提供するための一助になる存在として、さらなる発展を目指します。
 今後も倍旧のご支援をよろしくお願い申し上げます。

2024年1月1日
 東京歯科保険医協会
                会長 坪田 有史

【談話】プラス改定を実感できる実態に見合った診療報酬改定を切望する/政策委員長

プラス改定を実感できる実態に見合った診療報酬改定を切望する

厚労省は1220日、2024年度診療報酬の改定率について、診療報酬本体は0.88%(国費約800億円)となったことを発表した。前回の2022年度診療報酬本体の改定率はプラス0.43%で、前回より僅かに0.45ポイント上回ったが、診療報酬全体の改定率は薬価等と材料料が1.0%引き下げられた結果、0.12*のマイナス改定になった。
武見敬三厚労相はこの間、医療・福祉分野の労働者約900万人の賃上げの必要性を主張してきた。だが、この改定率では、物価高騰への対策や人材確保、医療・福祉分野に従事する者の処遇改善には程遠い診療報酬改定率と指摘せざるを得ない。

 ▼歯科は0.57%と低い改定率に抑えられる

今回の歯科改定率は0.57%となった。歯科は2014年以降1%にも満たない低い改定率に抑えられてきた。そのため、当会は政府・行政に歯科医療費の総枠拡大を要望してきた。しかし、政府官邸と財務省が主導する医療抑制政策により、厳しい改定率となった。長期化する医療用物資の高騰や患者の受診抑制が慢性化し、現場からは歯科医院経営の苦しい声が挙がっている。それでも医療現場では処遇改善に努めてきた。だが今回の改定率のうち、40歳未満の勤務医師・勤務歯科医師・薬局の勤務薬剤師、事務職員、歯科技工所等で従事する者の処遇改善に対する措置分はわずか0.28%程度しか含まれていない。これではこれ以上の処遇改善を続けることは困難である。

▼点数の付け替えでは解決しない

今までも、財源を補填するために既存の点数を下げて新たな項目に付け替えるのみで総点数は変わらず、プラス改定の実感を味わうことはなかった。2024年度診療報酬改定でも、既にその方向性が示されている。材料費や賃料、人件費はうなぎ上りであり、経営維持のためには休日返上または診療時間を延長しなければならない状況である。歯科医療を目指す若者に夢を抱かせ、患者さんに必要な歯科医療を提供できるような診療報酬改定を望む。

*=協会試算

2023年1222
東京歯科保険医協会
政策委員長 松島良次

東京歯科保険医新聞2023年(令和5年)12月1日

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【新聞12月号】

【1面】

1.中医協 24年度診療報酬改定議論が本格的に始まる 
2.収益悪化が拡大 個人立 前年度比で損益率6%減 医療経済実態調査
3.探針
4.ニュースビュー

【2面】

5.政策委員長談話/次期診療報酬は大幅なプラス改定が不可欠である
6.中医協・社保審/歯科用貴金属随時改定/オン資モバイル端末も議論に
7.大臼歯のCAD/CAM冠用材料/新たにタイプ(Ⅴ)が追加(松風ブロックPEEK) 
8.各方面から健康保険証存続要求の動き/立憲廃止時期延期の法案提出」
9.「健康保険証の存続を求める」関東ブロック決議

【3面】

10.追悼/中川先生は、私の知識や人格形成に深く関わってくださった
11.保険証の存続と診療報酬の引き上げを!/署名を携え、国会議員に緊急要請
12.物価高騰に対する各自治体の支援策
13.歯科医療費の総枠拡大を/秋の歯科決起集会開催
14.会員寄稿「声」/私はいつまで〝若手〟の歯科医師?(福田友莉加/目黒区)


【4面】

15.経営・税務相談Q&A第411回「年末調整~ 2023年分の変更点と電子化について~」
16.電子取引データの保存方法について~電子帳簿保存法の改正 歯科医院でやっておきたい準備~/税理士法人 税制経営研究所

【5面】

17.研究会・行事ご案内
18.会員優待のご案内

【6面】

19.interview/藤山美里・佐藤静香氏/「都・歯科衛生士会に新風「とにかくやってみよう」復職支援&離職防止の両輪で取り組む」

【7面】

20.退き際の思考 歯科医師をやめる/「一生働けるわけではない」医院継承の〝反省〟―前編
21.第2回学術研究会/歯周基本治療の重要性を説く
22.23年度会員地区懇談会/理不尽なAI審査について討論!
23.12月会員無料相談

【8面】

24.教えて!会長!! No.77
25.先生の一歩につなぐ~歯科訪問診療
26.第4回メディア懇談会
27.事務局休務のお知らせ
28.保険医休業保障共済保険のご案内
29.共済部だより
30.年末年始休診ポスター案内

【9面】

31.症例研究「Ni−Tiロータリーファイルを用いた加圧根管充填処置」

【10面】

32.連載「歯科界への私的回想録⑮」/奥村勝氏
33.理事会だより「第14・15回理事会」
34.11月協会活動日誌

【11面】

35.連載「歯科医療を経済から見てみる④」/尾﨑哲則氏
36.第1回学術ベーシック講座/フツーの歯科医院でこそ行うべき口腔機能低下症の管理
37.<1面から続く>中央社会保険医療協議会(10月27日、11月17日開催)の論点

【12面】

38.神田川界隈「医療の裁量権は誰のもの」(川本弘/理事・足立区)
39.戦争の歴史を後世に/東京の地から伝える②(理事/高山史年)
40.歯科治療への保険適用拡充など訴える/イイハデー街頭宣伝in西巣鴨駅前を実施/「保険でよい歯を」東京連絡会
41.「保険でよい歯を」東京連絡会が総会記念講演/歯科技工問題の現状と運動推進の展望~日本の歯科技工を守るために~
42.オーラルフレイル予防の大切さ訴える/日本高齢者大会in東京を開催
43.特別企画「今年の漢字2023」応募結果発表

【教えて!会長!! Vol.77】 「PEEK」について

<東京歯科保険医新聞2023年12月号8面掲載>

▼PEEKに関する過去の「教えて!会長!!」はコチラ
【教えて!会長!! Vol.53】PEEKによる大臼歯歯冠修復物

◆12月から保険適用となった「PEEK」とは。

11月22日の中医協でCAD/CAM冠材料(Ⅴ)として「松風ブロックPEEK」レジンブロックが保険医療材料として承認されました(本紙2面に関連記事)。「ポリエーテルエーテルケトン」の頭文字で「PEEK」と呼称されます。熱可塑性樹脂の中に機械的強度や耐熱性に優れたエンジニアリングプラスチックがあり、さらに優れた性能を有するものがスーパーエンジニアリングプラスチックと分類され、その中に「PEEK」は位置しています。この「PEEK」ですが、その優れた性能から金属の代替材料として医療機器、自動車部品などでも注目されています。すでに歯科領域では前装冠のコーピングやインプラント上部構造用フレームとして使用され、その生体安全性や口腔内環境に適した材料といわれています。その理由として、高い機械的強度、高靱性(割れにくく粘り強さを持つ)、耐摩耗性があり、吸水性が低い、耐熱性があり衝撃吸収能を有し、密度が金属材料やジルコニアと比較して小さいため、非常に軽いなどの特徴があるためです。

◆2年に1度の診療報酬改定前年の12月1日から保険適用となるのはなぜですか。

2年ごとの診療報酬改定ではない3・6912月に保険適用になることを「期中収載」と呼称しています。日本補綴歯科学会が2022年度診療報酬改定に向け、21年に保険未収載技術として「ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)による大臼歯歯冠修復物」の申請技術名で医療技術評価提案書を提出しています。22年度改定の時には「PEEK」のレジンブロックが保険医療材料ではないため、医療技術評価分科会では評価されませんでした。今回、保険医療材料等専門組織で「『松風ブロックPEEK』レジンブロック」が可と判定され、中医協において承認されました。なお、24年度改定に向けて日本補綴歯科学会が申請技術名「PEEKによる大臼歯歯冠修復物」で再度提出していますが、24年度改定の提案書が反映された訳ではありません。また、2223年の「骨太の方針」に「市場価格に左右されない歯科用材料の導入を推進する」と明記されました。これが、本適用に影響したと推測されます。今後、比較的早期に「PEEK」レジンブロックを販売している他メーカーの製品が保険適用されるでしょう。

◆臨床上のエビデンスについて。

広島大学で行われた2023ケースの大臼歯の6カ月の臨床追跡調査が報告されています。その結果は、臨床的に問題がなく、金属によるクラウンの代替材料として期待できるとされています。そのほかの臨床研究の報告は現時点では見つけられないため、2023ケースの半年の臨床応用の結果のみで、保険適用が承認されたこととなります。今後、患者さんに説明できる高いエビデンスとなる臨床研究が報告されることに期待します。

東京歯科保険協会
会長 坪田有史
(東京歯科保険医新聞2023年12月号8面掲載)

歯科医療を経済から見てみるNo.4 社会医療診療行為別統計(レセプトデータ)からみた年齢別歯科受診の状況

「歯科医療を経済から見てみる」とのタイトルで4回目の連載となります。いろいろな経済資料や経済学的観点から歯科医療を考えていきます。今回は、「社会医療診療行為別統計」から、年代別等の歯科受診の特性を見てみました。

社会医療診療行為別統計は、全国の保険医療機関および保険薬局から社会保険診療報酬支払基金支部および国民健康保険団体連合会に提出され、当該年6月審査分(原則、5月診療分)として審査決定された医療保険制度の診療報酬明細書および調剤報酬明細書のうち、「レセプト情報・特定健診等情報データベース(以下、「NDB」という)」に蓄積されているものすべてを集計対象としました。

今回は、1カ月分の初再診回数を取り上げてみました。すなわち、受診回数を見てみました。2018年をとした場合の各年度の比率を、1示しています。2020年は、新型コロナウイルス感染症の影響で、80を割っていることがみられます。その後、ゆっくりと回復していきましたが、後期高齢者医療は2022年に100超えたのに対し、一般医療は戻っていないことが見えています。しかし、22年の5月は、まだ類相当の影響があったかと考えています。ここまでは、今まで言われてきたことです。次に、年齢階級別の初再診回数を1と同様に18年を100とした場合の各年度の比率を2に示しました。ここで、注目は2020年のカーブです。60歳代後半を中心に、各年齢階級で大きく低下しています。そして、このカーブをよく見ると、この60歳代後半を中心として、両側は緩やかな減少となっています。しかし、この歯科診療全体が多く低下した時期に、10歳代後半は18年レベルを超えていました。意外に思われるかもしれませんが、20年の5月は、この年代にとっては学校も部活も、塾もなく、行き場所を失っている中で、歯科受診が行われたと思われます。これは、あくまでも年度との比較です。

一方、歯科受診者のボリュームゾーンは、60歳代後半から70歳代です(下表参照)。また、10歳代後半は一番受診者が少ない階級であり、全体への影響は少なく、そのため最初に示したような結果になったと考えられます。

必ずしも、歯科受診行動については、全体が同一の行動を取ることは少なく、年代や性別ごとにそれぞれ特性があることが見えてきます。

今回は、NDBのレセプトデータから、受診者の年齢階級データを取り上げてみました。診療行為については見ていませんが、診療行為に関わるNDBが診療報酬改定の際の基本資料に使われていることに関心を持っていただければ幸いです。

 

 

 

 

「東京歯科保険医新聞」2023年12月1日号(No.645)11面掲載

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尾﨑哲則( おざき・てつのり)1983年日本大学歯学部卒業。1987年同大学大学院歯学研究科修了。1998年日本大学歯学部助教授。2002年日本大学歯学部医療人間科学分野教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校校長、日本歯科医療管理学会常任理事。2008年日本歯科医療管理学会副会長、2019年日本歯科医療管理学会理事長。ほかに、日本公衆衛生学会理事、日本産業衛生学会生涯教育委員会委員長、社会歯科学会副理事長などを務める。

 

 

歯科医療を経済から見てみるNo.3 家計調査からみた歯科受診の地域差

「歯科医療を経済から見てみる」というタイトルの連載は、今回で3回目となります。いろいろな経済資料や経済学的観点から、歯科医療を考えていきます。今回も、「家計調査」からですが、居住地域別の歯科受診の特性を見てみました。家計調査は、家計から支払われた金額で示されています。

今回は、2022年の居住地域別の1年間の1世帯当たりの歯科診療代・医科診療代の全世帯平均支出金額および受診回数を居住地域の人口規模別に示しました(下記表参照)。

なお、「大都市」は、政令指定都市および東京都区部、「中都市」は大都市を除く人口15万以上の市で、「小都市A]は人口5万以上の市(大都市、中都市を除く)で、「小都市B・町村]は人口5万未満の市および町村です。

全国のデータを見ますと、医科への受診回数は一世帯当たり、21回であるのに対し、歯科は5.5回でした。また、受診1回あたりの平均支出額は医科で約2,000円であるのに対して歯科は約4,000円でした。このことにより、歯科医療機関での窓口支払い額から見ると、「歯科は高い」という患者さんの思いに共感できると思いました。なお、この支出額には、保険外も含まれていることを考慮してください。

さて、居住地域別のデータについて、最初に支出額をみますと、大都市では24,700円、そして小都市B・町村18,700円であり、人口規模が小さくなるにしたがって減少していくことが分かります。これは医科の支出額も同様でした。

次いで受診回数を見ると、大都市・中都市および小都市では約5.6回であり、あまり差がないことがみえますが、小都市B・町村は4.9回であり、この間に差がみられました。しかし、医科では人口規模が小さくなるのに伴い、若干低下するものの、あまり差はありませんでした。このデータから、小都市B・町村以外では、ある程度、一般的な歯科医療が充足されているとも考えられます。そこで、1受診回数当たりの支出額をみると、大都市のみが4,400円と高く、他は3,800円代でほとんど差がありませんでした。大都市部での支出額が高いのは、保険外診療など影響も考えられますが、他の因子も考えていく必要はありましょう。

以上から、歯科への家計からの支出額は、受診回数と1受診回数当たりの支出額の関係から、居住地別の家計からの歯科支出額の差が見られたと考えられました。新型コロナウイルス感染症の影響がある程度軽減されたと考えて、2022年度のデータを用いました。

このような特徴をご存じであったでしょうか。

「東京歯科保険医新聞」2023年11月1日号(No.644)8面掲載

 

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尾﨑哲則( おざき・てつのり)1983年日本大学歯学部卒業。1987年同大学大学院歯学研究科修了。1998年日本大学歯学部助教授。2002年日本大学歯学部医療人間科学分野教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校校長、日本歯科医療管理学会常任理事。2008年日本歯科医療管理学会副会長、2019年日本歯科医療管理学会理事長。ほかに、日本公衆衛生学会理事、日本産業衛生学会生涯教育委員会委員長、社会歯科学会副理事長などを務める。

【談話】次期診療報酬は 大幅なプラス改定が不可欠である/政策委員長

次期診療報酬は 大幅なプラス改定が不可欠である

財務省の財政制度等審議会(以下「財政審」)は11月20日、来年度予算案の編成に向けた提案にあたる「秋の建議」の中で、2024年度診療報酬改定について初・再診料を中心に診療所の報酬単価を引き下げ、「マイナス改定」を提言した。
しかし、財政審がマイナス改定の根拠とした機動的調査による診療所における収益・費用・利益の状況は、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、医療機関の収益が落ち込んでいた2020年を土台に比較することで収益の上昇率を強調し、社会保障費を削減したい財務省の意図が反映された合理性を欠いた比較データである。建議の中で用いるには実態を反映したデータではないため、不適当である。
診療報酬改定を巡っては、国の低医療費抑制策が敷かれ、前回の本体の改定率はわずか0.43%に抑えられ、歯科においては2014年度以降の改定率は1パーセントにも満たない状況である。財務省が示す医療費の伸びは高齢人口の増加や、医療費の高度化等による医療費の自然増を示すものに過ぎず、医療機関の経営実態を示したものではない。それにも関わらず、恣意的なデータを持ち出して「極めて良好な経営状況」とすることは、誤った方向に誘導することに他ならない。
現在、歯科材料費、水道光熱費等、物価高騰が歯科医院経営に与えている影響が前回改定時よりも増して大きい。現場からは歯科医院経営の苦しさに耐え切れないという声も上がっている。また建議では新型コロナウイルス感染症の位置づけが5類感染症に変更され、「経済情勢は平時に戻った」と主張しているが、医療機関においては感染症対策が不要になったわけではなく、感染対策にかかる物品の購入や人材確保等の費用の支出が継続するなど「有事」の対応が求められている。
新型コロナの影響や物価高騰で疲弊している医療機関に対してマイナス改定を求めることは、国民に対して安心できる歯科医療の提供を阻むだけでなく、岸田首相が民間企業と同様に求める医療・介護従事者の賃上げの実現は不可能である。地域医療を守り、国民が安心して医療にかかれるためにも次期診療報酬改定は大幅なプラス改定が不可欠である。
よって診療報酬の大幅なプラス改定を強く要望する。
2023年11月27日
東京歯科保険医協会
政策委員長 松島良次

※参考:歯科改定率の推移/20140.99%、160.61%、180.69%、200.59%、220.29

東京歯科保険医新聞2023年(令和5年)11月1日

こちらをクリック▶東京歯科保険医新聞2023年(令和5年)11月1日

【新聞11月号】

【1面】

1.10・26秋の歯科決起集会
2.歯科技工所アンケート速報/可処分所得300万円以下が48%
3.厚労省に届け!!パブコメに託す「現場の声」
4.訃報 中川勝洋元会長が逝去
5.探針
6.ニュースビュー

【2面】

7.〝2つの署名〞にご協力を/診療報酬引き上げと保険証存続を行政に
8.訪問診療時のオンライン資格確認/モバイル端末を利用した運用に
9.マイナ保険証トラブルで「診療を妨げるようなことは…」/多くの署名集める先生に聞く
10.オン資補助金で武見厚労大臣あてに「要請書」
11.また、オンライン資格確認で/保険証と異なる負担割合が!!/未だ収拾を見ない誤表示問題

【3面】

12.物価高騰に対する支援金各自治体で続々/協会の要望活動が実り始める
13.会員寄稿「声」:「最適な歯科医療を求めて~理工学の門叩く~」(駒形葵/文京区)
14.第38回保団連医療研究フォーラム開催
15.新規開業医講習会/新規指導通知が来る前に―保険診療のルールから指導までを学ぶ
16.訪問時の悩みを解消 歯科訪問診療懇談会/事前アンケート回答を深掘り
17.協会が提出したパブリック・コメント4件

【4面】

18.経営・税務相談Q&A第410回「求人会社との契約内容にご注意を!~トラブルが多発しています~」
19.11月会員無料相談

【5面】

20.研究会・行事ご案内

【6面】

21.interview/石川功和氏/「歯科技工士は『患者さんの人生を担う』師・村岡博氏の教え」・歯科技工士の『後世に道を』都技会長の展望」

【7面】

22.「やっぱりキミが必要だ 健康保険証請願署名」ポスター企画

【8面】

23.連載「歯科医療を経済から見てみる③」/尾﨑哲則氏
24.連載「~先生の一歩につなぐ~私の歯科訪問診療③」
25.通信員便りNo.138
26.会員優待のご案内
27.デンタルブックPR

【9面】

28.症例研究「口腔機能低下症の診断の流れと有床義歯の製作について」

【10面】

29.連載「歯科界への私的回想録⑭」/奥村勝氏
30.理事会だより「第12・13回理事会」
31.10月協会活動日誌

【11面】

32.教えて!会長!! No.76「日弁連の10.6『決議』」
33.診療報酬とスタッフ賃金の引き上げを/いのちまもる「10・19総行動」に約3,000人参加
34.IT相談室「歯科医院の効果的なチャットアプリ活用と労働基準法の遵守No.2
35.休業保障制度PR
36.共済部だより

【12面】

37.神田川界隈「休薬が必要?~最近のトラブル事例から~」(濱﨑啓吾/理事・練馬区)
38.インボイス制度始まる/歯科医院の対応についてはデンタルブックにて解説動画を配信中!
39.被爆者運動継承に向け報告多数/札幌で第33回反核医師のつどい
40.戦争の歴史を後世に/東京の地から伝える(理事/高山史年)
41.新年号特別企画のお知らせ
42.「今年の漢字2023募集中」
43.年末年始休診ポスターのご案内

【13面】

44.「すべての医療機関を守るため 診療報酬の大幅引き上げを求める医師・歯科医師要請署名」用紙

歯科医療を経済から見てみるNo.2 家計調査からみた歯科関連支出の特性

「歯科医療を経済から見てみる」というタイトルの連載でお話を進めていきます。いろいろな経済資料や経済学的観点から、歯科医療を考えていきます。今回も、「家計調査」からですが、歯科関連支出の特性を見てみました。前回の繰り返しとなりますが、家計調査は、家計から支払われた金額で示されています。

今回は、2022年の1年間の年間収入五分位階級別1世帯当たりの各項目の全世帯平均支出金額との比を図に示しました。ⅠからⅤは、世帯の年間収入による区分で、ⅠからⅤに向かって収入が増加していきます。縦軸は、支払額を平均額に対する比で示しています。平均支出額を1としています。

横軸の項目を見ますと、「」マークがついているものは包括項目です。医薬品はすべての医薬品の総額ですが、その中から感冒薬と胃腸薬を別途に示しています。同様に、保健医療サービスは包括項目で、ここから医科診療代と歯科診療代を別途示しています。歯ブラシは単独の項目として、石けん類・化粧品は包括項目とし、その中から歯磨き(歯磨剤を示します。なお、この項目に入っているのは、設定された時期では、ほとんどの歯磨剤が化粧品歯磨剤であったためです)を特出しています。まったく別途項目として、たばこをあげました。

◆歯科診療代と歯磨剤

まず、見ていただきたいのが歯科診療代です。先月触れたように、収入による支出比が大きいことが、棒グラフ間の傾きが大きいことから見て取れます。すなわち、収入が多い家庭ほど多く支出していることが見られます。歯科関連項目として、歯ブラシと歯磨きを見ますと、両項目とも同様に収入が多い家庭ほど多く支出しています。歯磨きは若干差が弱い項目です。しかし、この2項目を見ると平均支出額(左表参照)で、歯磨き1966円、歯ブラシ3817円と2倍ほどの額ですが、Ⅰ区分とⅤ区分の差は、歯ブラシは1254円、歯磨き1588円で、歯磨きのほうが差は少ない傾向が見られます。これは、多くの日本人が歯磨剤を意識して選択しているためかと思われます。

 

◆医科関連項目の特徴

医科関連項目では、医科診療代に見られるように、収入による差はあまりありません。感冒薬だけ差が出ていますが、胃腸薬は、医薬品全体同様に差はほとんどありません。保健医療サービスもⅤ区分のみが高い傾向はありますが、これは多くの診療行為が国民皆保険制度にカバーされているためと考えられます。

今回、たばこを取り上げましたが、これは、収入が高いⅤ区分が低いのは偶然ではなく、ほぼ毎年見られます。各方向から見ていくと、収入が高い人ほど健康意識が高い傾向が見られます。これについては、歯科診療の際も気にかけていくと良いかもしれません。

いずれにせよ、歯科関連は収入による差が見られる傾向が強く、歯科診療代以外でも日常生活関係からも見られました。

このような特徴をご存じであったでしょうか。

「東京歯科保険医新聞」2023101日号(No.64311面掲載

 

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尾﨑哲則( おざき・てつのり)1983年日本大学歯学部卒業。1987年同大学大学院歯学研究科修了。1998年日本大学歯学部助教授。2002年日本大学歯学部医療人間科学分野教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校校長、日本歯科医療管理学会常任理事。2008年日本歯科医療管理学会副会長、2019年日本歯科医療管理学会理事長。ほかに、日本公衆衛生学会理事、日本産業衛生学会生涯教育委員会委員長、社会歯科学会副理事長などを

歯科医療を経済から見てみるNo.1 「家計調査」から歯科医療を見てみると…

歯科医療を経済から見てみる」というタイトルで、5回の連載でお話を進めていく予定です。いろいろな、経済資料や経済学的観点から、歯科医療を考えていきます。今回は、「家計調査」から見てみました。

ところで、「家計調査」をご存じですか?

総務省統計局のホームページから引用すると、「家計調査は、一定の統計上の抽出方法に基づき選定された全国約9000世帯の方々を対象として、家計の収入・支出、貯蓄・負債などを毎月調査しています。家計調査の結果は、我が国の景気動向の把握、生活保護基準の検討、消費者物価指数の品目選定及びウエイト作成などの基礎資料として利用されている」になります。

したがって、国民医療費や医療経済実態調査は、どちらかというと診療側から見ていきますが、この調査は、家計から支払われた金額で示されいます。

今回は、2019年から2022年までの4年間の年間収入五分位階級別1世帯当たり支出金額を12に示しました。ⅠからⅤは、世帯の年間収入による区分で、ⅠからⅤに向かって収入が増加していきます。縦軸は、支払額を円単位で示しています。そのため、医療機関での診療行為に対する支払額を示しますので、国民医療費とは異なり、自費診療分も入りますが、保険診療では一部負担金額になります。歯磨剤や歯ブラシ購入費は、別途項目がありますので入りません。

さて、歯科診療代の年度ごとの平均額は、2019年は18812円、20年は18294円、21年は21441円で、22年は22000円でした。19年から20年で低下し、その後、緩やかに22年に向けて増加しています。

診療報酬改定の年である20年は、通常、家計からの支出も増加が想定されましたが、実際に、減少したことは、新型コロナウイルス感染症の影響を受けたと考えられます。

しかし、特に、見ていただきたいのは、1です。年間収入により歯科診療代に差がみられ、年間収入の区分がⅠからに向けて、歯科診療代が増加している点です。いずれの年もこの傾向を示しており、これは、歯科診療代の特徴です。弾力的な支出項目と言われていますが、世界の先進国では同様な傾向がありますが、保険制度でのカバー範囲が最も多い日本でも、このような差があることは今後も検討していく必要がありましょう。

一方、医科診療代の年度ごとの平均額は、19 年は4374円、20年は4850 円、21年は42344 円で、22年は43727円で、歯科とほぼ同様の傾向を示しています。しかし、年間収入により医科診療代に差がほとんどみられません(2)。

このような、特徴をご存じであったでしょうか。今回は示しませんでしたが、「家計調査」は、地域格差も見ることができるなど、いろいろな分析ができることでも知られています。

 

「東京歯科保険医新聞」202391日号(No.6423面掲載

 


尾﨑哲則( おざき・てつのり)1983年日本大学歯学部卒業。1987年同大学大学院歯学研究科修了。1998年日本大学歯学部助教授。2002年日本大学歯学部医療人間科学分野教授、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校校長、日本歯科医療管理学会常任理事。2008年日本歯科医療管理学会副会長、2019年日本歯科医療管理学会理事長。ほかに、日本公衆衛生学会理事、日本産業衛生学会生涯教育委員会委員長、社会歯科学会副理事長などを歴任。

【教えて!会長!! Vol.76】日弁連の10.6「決議」

日弁連が最近の人権と医療、医療のアクセス権に関する「決議」を発表したようですが、その経緯、主な内容について。

政府は本年7月25日に、「令和6年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について」(以下、「概算要求基準」)を閣議決定しました。そこには、社会保障費の伸びを抑制する方針を明記
しています。その方針を背景として本年10月6日、日本弁護士連合会(日弁連/小林元治会長)が「人権としての『医療のアクセス』が保障される社会の実現を目指す決議」を発表しました。以下に、その抜粋をご紹介します。なお、ネット上には全文が掲載されていますので、ぜひご一読していただきたいと思います。
◆ 「決議」抜粋

「国民健康保険の滞納者は約195万世帯、全利用世帯中の約11%におよぶ。民間の調査によれば、保険料滞納や窓口負担が払えないなどの経済的理由から医療を受けることができずにいのちを落とす人が後を絶たない。(略)国や地方自治体には、人権としての医療へのアクセス権を実効的に補
償するため、医療保険制度、医療提供体制、公衆衛生体制などを整備、拡充する責務がある。(略)当連合会は、国及び地方自治体に対し、医療へのアクセス権を保障するため、医療費日弁連の10.6「決議」抑制ありきの政策を転換して、次の諸施策を実施することを求める。     
1 誰もが必要な医療を受けられる医療保険制度の構築
経済的理由等により医療へのアクセスが阻害されることのないよう、⑴必要な医療を受けられずに多くのいのちが失われている危機的状況を踏まえ、医療費の窓口負担のない対象者の範囲の拡大を行うこと⑵多くの保険料滞納世帯が存在することを踏まえ、国民健康保険料の減免範囲を拡大するとともに、(略)保険料についても応能負担を貫徹する施策を速やかに行うこと⑶保険料滞納者にも正規の保険証を交付するとともに、マイナンバーカードと健康保険証の一体化に大きな不安を抱く市民も多いことも踏まえ、現行のままの健康保険証を選択する権利を認めること      
2 医療提供体制の充実 
3 公衆衛生体制の充実 
4 地域を支える存在としての医療・公衆衛生の重要性          
5 社会構造上の要因と公的取組

(略)当連合会は、医療と法的支援の相互の協働によって個人の権利を擁護することの重要性に鑑み、今後はより一層、医療関係者との連携を広げ、(略)医療者を起点とした前記の社会的要因に対する取組との協働を進めつつ、人権としての医療へのアクセスを保障するため、力を尽くす決
意である。
以上のとおり決議する。
2023年(令和5年)10月6日

日本弁護士連合会
 

東京歯科保険協会

会長 坪田有史

(東京歯科保険医新聞2023年11月号11面掲載)

歯科界への私的回想録【NARRATIVE Vol.14】近年の健保法改正研究会の動向に注目

「日弁連意見書」の趣旨反映を期待

◆健康保険法改正研究会の活動に注目集まる
健康保険法改正研究会(共同代表・弁護士:井上清成氏、石川善一氏)が新たなスタートを切ったことが注目されている。特に、保険医に対する指導・監査、患者調査などを巡り、健保法をクローズアップしていることに関心が集まっている。

◆第11回シンポジウムと指導・監査・患者調査
健保法は制定されて約100年が経過するが、医療界で必ず議論になる指導・監査について、日本弁護士連合会が課題視された項目をピックアップし、2014年8月22日付けで「健康保険法等に基づく指導・監査制度の改善に関する意見書」として発表し、その理解を求めていた。その後の改正を含め、興味深い指摘と新たな課題を整理して問題提起をしている。
去る9月3日に健保法改正研究会が開催した第11回シンポジウムでは、その意見書を参考としつつ、「指導・監査における患者調査」など新たな資料をもとに7項目を示し、担当弁護士がそれぞれ解説した。具体的には、①選定理由の開示、②指導対象とする診療録の事前指定、③弁護士の指導への立会権、④録音の権利性、⑤患者調査に対する配慮、⑥中断手続きの適正な運用について、⑦指導・監査の機関の分理及び苦情申立手続きの確立―となっており、特に現実的な視点から⑤について議論が行われた。

◆国民の適切な医療を受ける権利擁護
意見書は、「保険医への信用棄損を最小限とするように配慮し、事実を的確に把握できる調査手続きをとり、調査結果を保険医等に提示するべき」と明記している。
この患者調査の意味合いの重さを共同代表の井上弁護士から、自身の経験事例を踏まえて、次のような説明があった。
「患者調査はいつ、どのような話、方法などは知らないもの、というより知らせないで実施。既に、 患者自身も『何を話していいのか』『どこまで話していいのか』など、素朴な感想を持ちますが、厚生局としては指導・監査の裏づけになる事実を取れればOKなのです。「患者調査」がある程度進んで、患者から相談を受けてからですと、その対応には苦労します。それは事実ですか ら…」。

今回の意見書の基本的視点は、「根底には『国民の適切な医療を受ける権利擁護』があるのですが、具体的に、診療報酬明細の平均点数が高いと、内容に問題がなくとも個別指導の対象に繰り返し選定されること」と指摘。さらに、「個別対象になると、不利益処分のおそれがある一方で、手続保障がなされていないこともあり、その選定にされないように、診療報酬の点数を抑える意識が働き、結果として患者・国民が本来受けられる、あるいは受けるべき医療を受けられないことがあり得る」とし、これを問題点に指摘した。明解な論理である。


◆対応認定弁護士制度

さらに、興味深い報告があった。研究会のこれまでの活動を支える人材として、保険医が適正な手続きで指導・監査を受けることができる権利を保障するため、指導・監査の制度に精通し、経験を積んだ弁護士を養成するのが狙いの「保険医指導・監査対策協会」を創設し、それを担う「対応認定弁護士制度」を設けているが、これが29人から32人に増員され、その理解が徐々に広まってきていると報告した。
こうした新しい動向に期待が寄せられている中、指導・監査を巡る保険行政の環境も変化してきているが、橋本賢二郎弁護士からは、「指導・監査の問題は必ずしも容易でなく、ハードルは高いのは事実」と冷静な対応を求める意見も提示されており、その意見などを踏まえながら着実に前に
進む可能性を示唆していた。


◆副代表で自民党衆議院の橋本岳議員が私論
なお、研究会副代表を務める自民党の橋本岳衆議院議員がシンポジウムの前に「かかりつけ医、分娩費用の保険適応と改正保険法」「研究会としての取り組み」などの経緯を説明しながら、財務省の意図や諸事情などを「個人的意見・推察」と前置きしながらも言及した。例えば、「まず分娩費には地域格差があります。現在は、出産費用は医療機関が自由に決めることができます。政府としては、保険適用で経年的に高騰する費用負担を抑えることに、最大の意図があります」とし、最後は、「財務省なりの理屈があるが、基本は予算削減で、財政のバランスを強調するが、まずは財政緊縮です」とまとめ、問題意識を示唆していた。
 いずれにしても、指導・監査を巡る保険行政の環境が変わりつつある中、慌てず確実に進めて行く時期に来ているようだ。今後も健保法改正研究会の動向に注目していくべきである。

✎奥村勝氏プロフィール

おくむら・まさる オフィス  オクネット代表、歯科ジャーナリスト。明治大学政治経済学部卒業、東京歯科技工専門学校卒業。日本歯科新聞社記者・雑誌編集長を歴任・退社。さらに医学情報社創刊雑誌の編集長歴任。その後、独立してオフィス  オクネットを設立。「歯科ニュース」「永田町ニュース」をネット配信。明治大学校友会代議員(兼墨田区地域支部長)、明大マスコミクラブ会員。

【IT相談室】 歯科医院の効果的なチャットアプリ活用と労働基準法の遵守 その2

今回は、「歯科医院の効果的なチャットアプリ活用と労働基準法の遵守」の2回目です。まず第1に、歯科医院でどのようにチャットアプリを運用すべきかを考えます。そして第2に、チャットアプリの運用上の注意点をご紹介します。

【チャットアプリの運用方法】

労働基準法や就業規則、労働契約など(以下、労基法等)を遵守しながらチャットアプリを効果的に活用するためには、以下のポイントに留意することが大切です。          

▼明確かつシンプルに:

チャットアプリを利用しての連絡事項は、明確かつシンプルにし、できるだけ具体的な表現にします。チャットでのやり取りは、早く終わるように心がけましょう。

▼就業時間内の活用:

業務連絡は原則として就業時間内に行い、就業時間外の連絡は避けます。就業時間外に使用する可能性がある場合には、あらかじめ使用規則を定めておきます。

▼緊急時の了解取得:

就業時間外の緊急連絡用にチャットを活用する場合についても、あらかじめ規則を定めておきます。

▼ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の尊重:

チャットアプリの使用に関する規則を作成する際には、ワーク・ライフ・バランスにも配慮します。規則を定めれば良いというものではなく、スタッフのプライベートな時間を尊重するように配慮します。

▼定期的な評価と改善:

チャットアプリの使用に関する規則は定期的に再評価し、スタッフの意見を取り入れつつ改善していくことが重要です。 

          

【チャットアプリの運用上の注意点】 

▼労働時間の記録:

操作開始時刻と終了時刻を記録します。就業時間外の操作であれば時間外労働になります。         

▼トレーニングとガイドラインの提供:

新入社員やスタッフに対して、チャットアプリの適切な使用方法とルールをトレーニングやガイドラインを通じて提供します。操作方法が分からないために業務に支障が生じないようにします

▼透明なコミュニケーション:

スタッフとのコミュニケーションを透明かつ開かれた形で行うことが大切です。労働時間や業務連絡に関するポリシーを共有し、スタッフからの意見や質問を歓迎します。   

▼柔軟な対応:

スタッフの個々の状況やライフスタイルに合わせて、柔軟な対応を心がけましょう。  

▼継続的な改善:

チャットアプリの運用方法は変化する状況に合わせて適宜見直し、改善します。スタッフからの意見や要望については適切に対応し、必要に応じて労働環境の向上に活用します。

           

【まとめ/労働法制遵守の理解を】

以上を総括すると、歯科医院の経営者としては、チャットアプリを効果的に活用する前提条件として、労働法制の遵守が必要です。軽い気持ちで導入をしてしまうと、就業規則などに抵触してしまう場合があるので注意します。また、チャットアプリでの会話が原因で、人間関係に傷がついてしまう場合もあり、この点にも注意が必要です。

チャットアプリの導入・活用にあたっては、便利な反面、注意すべき点も多いことをよく理解しておくことが必要です。

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クレセル株式会社

(東京歯科保険医新聞2023年11月号11面掲載)

※「東京歯科保険医新聞」10月号の「IT相談室」はお休みました。

【関ブロ決議】「国民皆保険制度を堅持するため、現行の健康保険証の存続を求める決議」

10月29日付けで、当協会を含む全国保険医団体連合会関東ブロック協議会にて、「国民皆保険制度を堅持するため、現行の健康保険証の存続を求める決議」を決定しましたのでお知らせいたします。

詳細は以下のPDFからご確認ください。

【決議】「国民皆保険制度を堅持するため、現行の健康保険証の存続を求める決議」

東京歯科保険医新聞2023年(令和5年)10月1日

こちらをクリック▶東京歯科保険医新聞2023年(令和5年)10月1日

【新聞10月号】

【1面】


1.協会設立50周年/会員らと盛大に祝う
2.健康保険証を残すべく医療機関の窮状を行政に
3.2024年度東京都予算等/保健医療局・福祉局に要望
4.レセプトのオンライン請求10月5日までパブコメ募集
5.「探針」
6.ニュースビュー

 

【2面】


7.「いい歯東京」めぐり 口腔機能維持PRなど要望/東京都来年度予算等に対し20項目要望
8. 都議会各会派とヒアリング/都要請20項目に理解示す
9.10月歯科用貴金属材料価格の随時改定/金パラ、14K等が引き上げに 
10.院長署名を実施中/診療報酬の大幅引き上げを!!

 

【3面】


11.オンライン資格確認〝義務化〟撤回訴訟/「大変意義深い」 弁護士が評価/裁判長が国に説明を要求
12.パブコメするのは「今でしょ」/レセプトオンライン請求義務化を中止へ
13.経営・税務相談Q&A第409「インボイス制度~よくいただくご質問をご紹介します! Vol.3 ~」

 

【4・5面】


14.研究会行事ご案内
15.10月会員無料相談

 

【6・7面】


16.50周年記念企画:記念シンポジウム、レセプション

 

【8面】


17.教えて!会長!! No.75「2024年度診療報酬改定」
18.2024年度診療報酬改定に向け議論の概要示される
19.グループ生命保険40周年を記念して抽選会も開催します!
20.秋の共済募集キャンペーン締切迫る!協会の3大制度

 

【9面】


21.症例研究「SPT算定中に歯周外科手術が必要になった場合の対応」


【10面】


22.連載「歯科界への私的回想録⑬」
23.理事会だより「第10・11回理事会」
24.9月協会活動日誌

 

【11面】


25.連載「歯科医療を経済から見てみる②」/尾﨑哲則
26.連載「~先生の一歩につなぐ~私の歯科訪問診療②」
27.ご案内/協会の適格請求書発行事業者の登録について
28.会員優待のご案内
29.デンタルブック登録のご案内
30.ミニデンタルショー出展企業・協賛企業

 

【12面】


31.神田川界隈(福島崇/世田谷区)
32.現行の健康保険証を残してください/署名とともに取り組みの声が続々と寄せられています
33.会員寄稿「声」/三枝遵子(台東区)
34.適切な診療報酬請求・カルテ記載こそ〝最善の指導対策〟/オン資トラブル、健康保険証は必要不可欠
35.オン資トラブルアンケートなど議題に/第3回メディア懇談会
36.インボイス制度研究会を開催/デンタルブックで配信中!

 

【13・14面】


37.共済部チラシ

(申請締切10/27) 東京都医療機関等物価高騰緊急対策支援金

東京都では物価高騰に直面する医療機関等の負担軽減に向けた緊急対策として、国の臨時交付金を活用し、「東京都医療機関等物価高騰緊急対策支援金」を支給している。

申請締切は10月27日(金)までとなっている。

歯科診療所の給付に関する詳細は以下の通り。

詳細
1 交付対象期間

 2023年4月1日から2023年9月30日までの光熱費

2 支援金額
 10,000円 
 ※支援金は、都の予算の範囲内において支給する。


3 申請について
申請手続きに必要なもの

1 パソコンやスマートフォン
2 法人の方は法人の印鑑証明書、個人事業主の方は印鑑登録証明書
3 上記の印鑑証明書または印鑑登録証明書に登録した印鑑
4 支援金を受け取る口座(口座名に法人名や医療機関名、代表者名等の記載があるもの)
以上の他に、委任状や使用印鑑届が必要な場合は、別途案内が来る。

2、3については申請時には不要、申請後に提出

申請フォーム

申請フォームはこちら(特設ページに移ります。)

※電子申請が難しい場合は以下の問い合わせ先まで連絡をしてください。

東京都医療機関等・薬局物価高騰緊急対策支援金事務局 (受託事業者 株式会社広済堂ネクスト)

電話番号 0120-551-066 (受付時間 平日午前9時から午後5時まで)

4 手続きフロー

(1)申請フォームから必要事項を入力し、送信。【申請締切】10月27日 厳守
(2)申請後、審査を行い、提出書類を案内。必要書類を提出。(11月頃)
(3)必要書類の審査完了した後、交付決定を通知。(11月頃)
(4)東京都から支援金を支給。(12月頃)

歯科界への私的回想録【NARRATIVE Vol.13】東京歯科保険医協会が50周年記念シンポ開催

歯科の今後を巡り田口東京歯科大教授と宮原基金歯科専門役が講演

会員数が6000名を超えた東京歯科保険医協会(坪田有史会長)が、9月10日に千代田区平河町の都市センターホテルで設立周年記念企画を開催し、シンポジウム「これからの歯科を考える」を実施した。
このシンポジウムには、東京歯科大学教授で元厚生労働省医政局歯科保健課長の田口円裕氏、社会保険診療報酬支払基金審査統括部歯科専門役で前厚労省保険局歯科医療管理官の宮原勇治氏がシンポジストとして所見を紹介した。
両氏ともその経歴から関心を集めたが、今後の歯科医療の方向や診療報酬改定などに示唆を与える内容が多数あり、参加者からは高い評価を得たようだ。

◆田口円裕氏の講演内容

まず、田口教授は現状認識として、「日本の人口動態」「地域包括ケアシステム」「2040年を展望した社会保障改革の新たな局面と課題」などの経緯・背景を中心に説明。臨床的な視点からも「う蝕有病率とう蝕の処置状況の年次推移」「20歳以上の歯を有する者の割合の推移」「4ミリ以上の歯周ポケットのある者の割合」などについて、具体的な数字を示して展望した。
一方、歯科にとって看過できない「歯科保健医療を取り巻く基本施策」を全体からの観点から逐次説明したが、特に開業医にとって懸念される「診療報酬改定の概要」についてもポイントを指。
最後に、これからの歯科保健医療の在り方として、私見と断りながらも「歯を残す技術の評価」
「地域歯科保健と歯科医療の連携」「予防給付的評価の導入」「口腔機能に着目した評価」「健康格差解消に向けたエビデンスに基づく施策推進(一次予防による歯科疾患予防)」を挙げた。そして歯科医師・研究者には、「患者への適切な歯科医療や歯科保健管理の支援」がポイントとした上で、結論として「個人の歯科疾患予防と口腔機能維向上と公衆衛生的視点を持った対策が不可欠であ、歯科保健医療政策の推進になる」とし、歯科診療も〝診療所完結型”から“地域完結型”に移行していくことを前提にしていくとが基本政策である」とした。

◆宮原勇治氏の講演内容

続いて宮原基金歯科専門役は、コロナ禍の時に厚労省保険局医療課で歯科管理官を務めていた経験あり、厚労省として慌しく対応していた経験を明らかにしながら、政府の資料類のデータの見方や読み方、言葉の解釈などをユーモアを交えつつ、歯科保険診療の視点から解説を進めた。歯科保健医療を取り巻く基本政策を再確認しながら、口腔保健推進に関わる法律概要を基本的事項策定、財政上の措置。特に、診療報酬改定の説明では、中央社会保険医療協議会(中医協)の裏舞台の一部を紹介した。
この中医協で診療側、支払側の議論・意見が対立した場合の微妙な「落としどころ」のヒントも指摘した。支払側の発言・意見が大きいことは事実だと理解しているようで、水面下での議論で意識しておくことは重要であることを示唆。
また、一般には知られていない「診療報酬と補助金」の関係にも言及。特に、補助金の定義・在り方については歯科医療界の議論では、あまり聞かれない内容であり、貴重な情報でもあった。
最後は、「診療側だけの議論では進みません。患者に何がメリットになるのか説明できなくては難しいです。この視点をクリアにしなくてはダメですね」と改めて強調していた。

◆質疑応答の模様

両氏の講演を終えた後、会場から「中医協で支払側から″重症化予防〟という歯科の今後を巡り田口東京歯科大教授と宮原基金歯科専門役が講演東京歯科保険医協会が50周年記念シンポ開催田口円裕氏宮原勇治氏ことを指摘して、疾病対象の保険診療には如何かという趣旨の発言がありましたが、田口先生はどう思われますか」と質問されると田口教授は「以前から釈然としない思いはありまし
た。元々予防の分野の人間ですから、苦心したところです。正々堂々と″予防〟としての評価をすべきではないか」と発言すると、会場から拍手が沸き起こる場面があった。東京歯科保険医協会の活動内容を理解している田口教授ならではの本音でもあった。両氏の講演内容は前記の通りである、「たかが講師、されど講師」であり、ここに同協会の姿勢を窺うことができ、さらに同協会の存在と今後の活動に期待が寄せられそうだ。

✎奥村勝氏プロフィール

おくむら・まさる オクネット代表、歯科ジャーナリスト。明治大学政治経済学部卒業、東京歯科技工専門学校卒業。日本歯科新聞社記者・雑誌編集長を歴任・退社。さらに医学情報社創刊雑誌の編集長歴任。その後、独立しオクネットを設立。「歯科ニュース」「永田町ニュース」をネット配信。明治大学校友会代議員(兼墨田区地域支部長)、明大マスコミクラブ会員。

【教えて!会長!! Vol.75】2024年度診療報酬改定

2024年度診療報酬改定の進捗状況を教えてください。

本年8月30日に開催された第553回中央社会保険医療協議会総会(以下、中医協)において、本年月から行われてきた2024年度(令和6年度)診療報酬改定の論点や議論などが整理されました。
これらで整理された内容により、2024年度改定に向けた具体的な議論がさらに進み、具体的な改定内容が決まっていきます。
なお、厚生労働省のホームページに資料が掲載されていますので、検索していただければ詳細を確認できます。
多くの項目が取り上げられていますが、本稿では、いくつかの項目をピックアップして改定内容について推測してみます。中医協の資料には、各項目での「現状と課題」のあとに「論点」「主な意見」が記載されています。以下に、例としてかかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所(以下、か強診)、口腔機能管理料、歯科衛生実地指導料(以下、実地指)についての記載を示します。
【歯科医療提供体制】   
1.現状と課題/か強診について
・ライフステージに応じた継続的な口腔の管理や医療安全の取組、連携に係る取組に積極的に取り組む歯科医療機関として、平成28年度診療報酬改定においてか強診を新設し、以降施設基準の見直しなどが行われており、施設基準の届出医療機関数は年々増加している。
・か強診の施設基準には歯科疾患の重症化予防や歯科訪問診療に関する実績要件などが必須とされており、小児の歯科治療に関する要件は設定されていない。
《論点》
・かかりつけ歯科医に求められる機能や病院における歯科医療など、歯科医療機関の機能・役割に応じた評価について、どのように考えるか。
《主な意見》
・ライフコースに応じた歯科疾患の重症化予防や地域包括ケアシステムにおける連携などが重要であり、か強診にはこれらの役割が求められている。一方で患者にとっては、か強診とそれ以外の歯科診療所の違いが分かりにくいという指摘もあり、か強診がどのような役割を担うべきか考える必
要がある。

・歯科医療機関の機能分化や連携を適切にすすめ、地域の状況に応じた歯科医療提供体制を構築すためにも、在宅歯科医療、医療安全や院内感染対策など関連する施設基準を整理・検討すべき。
◆私の推測
厚労省側は政策として、か強診の届出医療機関数を増やしたいのか、抑制したいのかなどの方向性が不明である。
厚労省が示す論点からは、小児の歯科治療の実績について追加されるなど施設基準の変更が行われる可能性があり、歯科医師側からみるとか強診の施設基準は厳しくなる可能性がある。

2.現状と課題/口腔機能管理について     
・小児および高齢者に対する口腔機能管理については、2022年度(令和4年度)診療報酬改定において対象患者の見直しを行ったが、算定状況は低調である。
《論点》
・口腔疾患の重症化予防や年齢に応じた口腔機能管理をさらに推進するため、診療報酬のあり方について、どのように考えるか。
《主な意見》
・口腔機能の管理については、口腔機能管理の中で行われる口腔機能獲得や口腔機能向上のための訓練に対する評価について検討すべき。          
◆私の推測
厚労省側は小児および高齢者に対する口腔機能管理について、算定数を増やすための方策を提示するものと考えられる。
また、以前からの課題とされていたが、診断して病名をつけた後、口腔機能に対する訓練の評価が新設されるかについて注目される。

3.現状と課題/実地指について
・歯科衛生士による実地指導を評価した実地指は、平成8 年に新設されて以降、平成22年の障がい者に対する実地指導の評価新設を除き、大きな見直しは行われていない。
《主な意見》
・歯科衛生士による実地指は重症化予防の観点から非常に重要である。近年は、ブラッシング方法の指導等だけでなく口腔機能や生活習慣などの観点からも歯科保健指導が行われており、実態に応じた評価を検討すべき。
◆私の推測
歯科衛生士の雇用などに関して様々な問題が生じていることに対して実地指を変更するが、影響率が高くなるので実地指の点数を単純に増点することは困難な状況であり、時間要件、あるいは内容によって応じた点数配分が設定されるといった見直しが行われると推測される。

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協会は、今後も2024年度診療報酬改定について検討し、よりよい改定が行われるよう行政側に要望していきますので、ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。

東京歯科保険医協会
会長 坪田有史

(東京歯科保険医新聞2023年10月号8面掲載)

パブリック・コメント:「レセプトのオンライン請求の実質的な義務化」について

*たくさんのパブリック・コメントが必要です*

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3月23日の社会保障審議会医療保険部会において、「オンライン請求の割合を100%に近づけていくためのロードマップ案」を厚生労働省(以下、厚労省)が示してから6カ月が経った9月6日、「療養の給付及び公費負担医療に関する費用の請求に関する命令及び介護給付費及び公費負担医療等に関する費用等の請求に関する命令の一部を改正する命令案に関する御意見の募集について」(以下、パブリック・コメント)の募集を開始しました。

概要は、光ディスク(CD-RMO)及び紙媒体によるレセプト請求を続けるためには、いずれの場合も事前に審査支払機関に届け出ることが必要になります。また、光ディスク(CD-RMO)でレセプト請求を継続する場合に限っては、オンライン請求への移行計画(詳細は不明)を求められ、1年毎の更新制になります。また、2024年4月1日以降に新規で開業した場合、紙媒体によるレセプト請求は選択できなくなります。さらに、電子(オンラインやCD-R等)によるレセプト請求から紙媒体によるレセプト請求に変更することもできなくなる。このように請求方法を限ったり、いずれの請求方法を選択するとしても各種手続きが煩雑になることは明らかです。

直近の東京都における歯科医療機関の各種請求方法(レセプト請求形態別の請求状況 社会保険診療報酬支払基金より)をみると、オンライン請求を行っている割合が31.1%、光ディスク等の電子媒体による請求及び紙媒体によるレセプト請求を行っている割合が68.9%です。

レセプト請求形態別の請求状況(令和5年度6月診療分)社会保険診療報酬支払基金より

東京歯科保険医新聞6月号2面に掲載の社保・学術部長談話では、「診療報酬の請求方法を一つに限定する実質的な義務化の強要は、医療機関に混乱を招き、地域医療の崩壊を加速させ、医療提供に影響を及ぼし、患者・国民にも波及しかねない」と警鐘を鳴らしています。

今回、募集を始めたパブリック・コメントは、厚労省に現場の意見を伝えることのできる唯一の場です。実質的なレセプトのオンライン請求義務化の動きに対するパブリック・コメントを是非数多く投稿しましょう。

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——————–「レセプトのオンライン請求の実質的な義務化」の概要————————————-

(1)レセプトの請求媒体の取扱い

フレキシブルディスク(FD)による請求方法を削除し、CDRMOのみに限る。。

 (2)光ディスク等でレセプト請求をしている医療機関の取扱い

2024年3月31日以前から光ディスク等を用いてレセプト請求を行っている医療機関は、同年9月30日までは光ディスク等を用いてレセプト請求できる。

2024年9月30日以降も光ディスク等を用いてレセプト請求を続ける場合は、オンラインによるレセプト請求へ移行するための計画と光ディスク等を用いてレセプト請求を行うことを事前に審査支払機関に届け出ることにより、1年ごとの更新で光ディスクによるレセプト請求を継続できる。

 (3)紙媒体でレセプト請求をしている医療機関の取扱い

【レセプトコンピューターを使用していない医療機関の取扱い】

2024年3月31日以前から紙媒体を用いてレセプト請求を行っている医療機関は、レセプトコンピューターを使用していない旨を事前に審査支払機関に届け出ることにより、紙媒体のレセプト請求を継続できる。

【高齢の歯科医師が常勤でいる医療機関の取扱い】

2024年3月31日以前から紙媒体を用いてレセプト請求を行っている医療機関であって、常勤の歯科医師が高齢かつ、レセプトコンピューターを使用している場合、当該歯科医師の生年月日が、1946年4月1日以前(概ね77歳)である旨を事前に審査支払機関に届け出ることにより、紙媒体のレセプト請求を継続できる。

 (4)施行日

20244月1日

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【要請署名のお願い】医療機関を守るため診療報酬の大幅引き上げを―

すべての医療機関を守るため診療報酬の大幅引き上げを求める医師・歯科医師要請署名

 コロナ禍や物価高騰に直面し厳しい状況の中、オンライン資格確認システムやオンライン請求の義務化などにより、医療機関は大きな負担を強いられています。2024年度の診療報酬改定で大幅な診療報酬の引き上げが実現しなければ、さらに医療現場は疲弊します。
 そこで、先生方から現場の声をいただき、政府、国会に届けたいと思います。つきましては、下記に賛同いただき、Googleフォームに必要事項をご入力のうえ、「送信」をクリックしてください。

▶Googleフォームで署名する

締切:11月29日(水)

東京歯科保険医新聞2023年(令和5年)9月1日

こちらをクリック▶東京歯科保険医新聞2023年(令和5年)9月1日

【新聞9月号】

【1面】

1.医師・歯科医師9割が「健康保険証残すべき」/約77 万人 ひも付けなし
2.「資格情報」文書交付へ
3.会員の皆様の役に立つ活動を行っています/未入会の先生をご紹介ください
4.50周年記念企画
5.「探針」
6.ニュースビュー

【2面】

7.談話「次期診療報酬改定に向けて~診療側の視点に立った適切な評価を〜」
8.2024年度診療報改定/施行を4月から6月に変更
9.集団的個別指導は9月7・8日実施/平均点数1,476点以上が選定
10.オン資が対応できない場合の対応/健康保険証の提示こそ確実な解決策

【3面】

11.歯科医療を経済から見てみる(1)「『 家計調査』から歯科医療を見てみると…」
12.オン資トラブル実態調査第2弾結果/現場の実態が浮き彫りに
13.都内の各自治体/物価高騰支援金スタート

【4面】

14.経営・税務相談Q&A No.408「インボイス制度~よくいただくご質問をご紹介します! Vol.2 ~」
15.9月会員無料相談

【5面】

16.研究会・行事ご案内

【6面】

17.東京歯科保険医協会50周年記念企画

【7面】

18.これから始める歯科訪問診療講習会/「臨床の基礎」をテーマに開催
19.TBI&PMTC・デブライドメント講習会を開催/”あきらめないサポート”が大切
20.未経験スタッフのための基礎講習会を開催/日頃の疑問や悩みも解決
21.院内感染防止対策講習会を開催/会員からの熱望に即応し企画
22.書評「マイナ保険証の罠」
23.保険医美術展が銀座で開催/協会から4名が力作を出展

【8面】

24.教えて!会長!!vol.74「半世紀を迎えて」
25.共済部だより
26.デンタルブックご案内

【9面】

27.症例研究「保険外併用療養費と院内掲示」

【10面】

28.連載「歯科界への私的回想録⑫」
29.理事会だより「第10回理事会」
30.8月協会活動日誌
31.協会設立50周年を迎え「回顧」
32.“健康保険証”請願署名にご協力ください

【11面】

33.~先生の一歩につなぐ~私の歯科訪問診療
34.マイナ保険証トラブル/会員から不安の声「国民は安全なシステムだと思い込み…」
35.IT相談室「歯科医院の効果的なチャットアプリ活用と労働基準法の遵守 その1」
36.通信員便り №137東京歯科保険医新聞2023.9月号(No.642)

【12面】

37.神田川界隈(早坂美都/世田谷区)
38.原水爆禁止2023年世界大会
39.申請期限迫る9月末まで/オン資システム導入補助金
40.保団連情報サービスのご案内
41.会員優待ご案内

【13・14面】

42.秋の共済キャンペーン

【ご協力を】現行の健康保険証を残してください請願署名

 

▶請願署名注文フォーム(無料/どなたでもご注文いただけます)

 春に実施した「健康保険証を廃止しないことを求める請願署名」へのご協力、誠にありがとうございました。残念ながら、現行の健康保険証を2024年秋に廃止し、マイナンバーカードに一本化する法案が、23年6月に可決成立してしまいました。
 しかしその後、マイナンバーカードと一体化した健康保険証(マイナ保険証)をめぐり、「紐づけミス」や「資格無効」と表示されるなどのトラブルが多発し、秋をめどに総点検、修正を行うとして、現在作業が進められていますが、マイナ保険証をめぐるトラブルの続出は一向に止まりません。全国の協会・医会や保団連の調査結果が連日、新聞やテレビなどのマスメディアに取り上げられ、問題点がより一層浮き彫りになっています。8月17日には、協会けんぽで約36万人のひも付けが未了であることが判明しました。マイナ保険証を持たない人には、一律に資格確認書を交付するとしましたが、それであれば現行の健康保険証を残せば済むことであり、無駄な手間と費用とをかける必要もなく、不安も払拭されます。マイナ保険証を持つ人も、健康保険証を残せば、マイナ保険証でトラブルがあった場合でもすぐに解決できます。
 そこで東京歯科保険医協会では、「現行の健康保険証を残してください請願署名」に新たに取り組むことといたしました。健康保険証を存続させるためには、今こそ声をあげる必要があります。春に署名にご協力いただいた先生も、今一度、署名へのご協力をお願いいたします。


 9月5日頃配達予定の「月刊保団連」9月号に署名用紙とポスター、返信用封筒を同封いたしました。1筆でも結構です。ぜひ、ご協力をお願いいたします!いただいた署名は、随時、国会に届けていきます。
 追加で署名用紙や返信用封筒、ポスターをご希望の場合はコチラからお申込いただくか、お電話、FAX、メールでご連絡ください。

署名用紙のご注文はこちら
電話番号:03(3205)2999
FAX:03(3209)9918
Mail: info@tokyo-sk.com

50周年記念企画開催 200人超の参加者で賑わう

9月11日、東京歯科保険医協会の設立50周年記念企画「これからの歯科を考える~今後もより一層頼りになる存在としてあるために~」を開催しました。

―「これからの歯科を考える」田口円裕氏・宮原勇治氏が講演

前半は、記念シンポジウム「これからの歯科を考える」が催され、田口円裕氏(東京歯科大学歯科医療政策学教授)、宮原勇治氏(社会保険診療報酬支払基金審査統括部歯科専門役)による講演、その後は当会の坪田有史会長を交えてトークセッションを行いました。

当日の資料はこちらからご覧ください。

▼田口円裕氏 講演資料PDF
▼宮原勇治氏 講演資料PDF

―レセプション、200人超の参加者で賑わう

また、後半は会場を移して記念レセプションを開催。ミニデンタルショーや豪華景品が当たる大抽選会を実施し、会員の先生、スタッフ、ご家族らで大いににぎわいました。

当日、お寄せいただいた50周年記念企画 メッセージ一覧はこちら

関連:50周年記念企画 特設ページ

【Health Care】 No.5/完 訪日外国人の診療対応~診療価格と病院経営~

医療経済学の専門家で東京大学大学院特任教授の田倉智之氏による連載5回目。テーマは「訪日外国人の診療対応—診療価格と病院経営」。なお、本連載は、今回で最終回となる。

訪日外国人は、政策や景気に関わる議論において、大きな注目を集めている。その理由の一つとして、「収入」が挙げられる。すなわち、訪日外国人は我が国に経済的な恩恵をもたらすと考えられている。実際、COVID―19蔓延前の観光庁の2019年度調査[1]では、訪日外国人の旅行消費額は年間4兆8千億円となっていた。このインパクトについてピントこない読者もいらっしゃると思われるが、同時期の歯科診療医療費(国民医療費)の3兆150億円と比べると、我が国にとって大きな収入源であることを理解されるはずである。

本連載の第1 回において、国民皆保険制度の財政や医療イノベーションの活性は、実体経済の動向と関係が深いことに触れた。つまり、一見、臨床等とは関係がないように見える実体経済は、医療の発展においても重要な訳である。訪日外国人の観光収入も同様で、その一部はまわりまわって公費等として医療分野を支える財源にもなる。また、インバウンドの医療ツーリズム等は、病院経営に直接的な恩恵をもたらすと期待される。

一方で、診療対応を中心にマイナス面も存在する。東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えていた19年頃に、訪日外国人の診療負担や経済負担にまつわる臨床現場のトラブルが話題になっていたのをご記憶の方も多いと思われる。特に、自由診療に比較的なじみの薄い医科診療の請求において、未収金の発生や診療の赤字化が問題となっていた。それらを踏まえ、その対策で実施された政策事業の研究成果[]から、診療価格と病院経営に関わる学際的な神髄を紹介する。まず診療価格の検討は、コスト(原価)を算定することが必須となり、間接費も含むすべての原価を1患者等へ集約する、原価計算を行うことが望まれる。ただし、このコストの単価は、稼働率(診療数)の影響を受ける点に注意が必要である[]

自由診療では、コストに相対する(車の両輪的な)要素として、患者の経済力が重要になる。この経済力は、診療介入による成果との関係を論じるため、支払意思額調査(WTP)で整理がなされる場合がある。この支払水準と原価水準のバランスが取れたところは、医療機関における収支均衡も実現し、医療者や患者(保険者)等の関係者全員にとって、納得感のある適正な診療価格となる訳である(下図参照)。利益率に対する関心も高まる病院経営の立場では、医療費原価を下げ、支払意思額を上げる努力が必要になる。そのためには、第3回のテーマでも解説をしたとおり、提供する診療やサービスの価値を伸ばし、それを患者や保険者に認識をさせることも重要になる。価値が大きいと分かれば、患者は自ずと集まり、支払水準も上昇することが期待される。ただし、その基盤となる診療成果の向上には、コストの増加もついてまわる。そこで通常は、診療価格をできるだけ最大化させることが理想になる。ただし、価格上昇に伴い、支払能力から患者数が減ることも予想される。そこで、診療成果を高めつつ診療価格を抑え、患者を多く集めて稼働率を上げる戦略が検討される。この選択肢は、再受診が多い疾患において効果的と言われているが、一見の患者である訪日外国人に対しても、日本のブランド向上の面で一定の意義があると解釈される。

ここまで、訪日外国人に対する自由診療について話題を提供してきたが、医の倫理等に立ち返れば、医療を経済力等で論じることに一定の懸念があるのも事実である。その点から、経済的な不公平性の影響を極力抑えた我が国の皆保険制度が、大変素晴らしいことに改めて気づかされる。ただし、この公的医療保険制度においても、先に挙げた戦略の概念は、DPC制度等へも一部導入されているようである。

田倉 智之(たくら・ともゆき):博士(医学)、修士(工学)東京大学 大学院医学系研究科 医療経済政策学講座 特任教授。1992年に北海道大学大学院工学研究科修了。東京大学医学部の研修を経て、2010年より大阪大学大学院医学系研究科 特任教授。2017年より現職。厚生労働省(中医協)費用対効果評価専門組織 委員長、内閣府 客員主任研究官、大阪大学医学部招聘教授、東邦大学医学部客員教授、日本循環器学会 Circulation Reports Associate Editor、日本心臓リハビリテーション学会 評議員など歴任

【文献】

[1] 訪日外国人消費動向調査の結果概要. 2020. 観光庁.

[ 2 ] Tomoyuki Takura, et al. Int. J. Environ. Res. PublicHealth,18(11), 5837, 2021.

[ 3 ] 訪日外国人の診療価格算定方法マニュアル.2020.厚生労働行政推進調査事業.

【Health Care】 No.4 新興感染症の医療介護 医療か経済か両方か

医療経済学の専門家で東京大学大学院特任教授の田倉智之氏による連載の4回目。今回のテーマは「新興感染症の医療介護医療か経済か両方か」。

COVID―19については、まだ不明な点が多く臨床的な議論などもあるため、油断は禁物ではあるが、社会的にはある程度落ち着いてきたと推察される。このような新興感染症は、繰り返す感染の波なども視野に入れた長期的な取り組みが必要であるうえ、「社会的距離(social distance)」を始めとする裾野の広い感染症対策が不可欠であり、衛生資材などの健康医療産業のみならず、経済活動全般に大きな影響を及ぼすことは論を待たない。

一般に、感染症対策を含む医療システムにおける活動は、それを支える原資自体が社会全般の経済活動と相互関係にあるため、継続的な対策が必要な場合ほど、臨床的な課題と経済的な側面のバランスを図りながら、社会システムの発展に努める必要がある。

そのため、ハイリスク層である高齢者や基礎疾患を有する国民の健康・生命の確保を最優先にしつつも、経済活動の低下をできるだけ小さくする努力は、各種の防疫活動(行動変容)の推進とともに重要な視点と思慮される。例えば、重症患者の受け皿(ICUなど)を確保することは、臨床成績を担保しながら経済活動の許容範囲を拡げる可能性もあり、結果として、医療を支える経済的な損失は減少するため、感染症対策にかかる費用は相殺され、死亡者数も低く抑えられることが想像される。

そこで次に、この社会経済的な投資と回収のバランスの意義について、関わる概念やデータを整理してみる(コンセプト:図1)。COVID―19のような臨床的な特性および経済(社会)的な影響を有する特異な感染症に適切かつ効率的に相対し、市民の健康・生命のみならず医療制度などの国民福祉を恒常的に支えるためには、従来(平常時)の医療提供体制の強化に加え、感染症蔓延(緊急時)に伴う財政支援などが不可欠と考えられる。特に、ICUとともにHCU(高度治療室)などをも有効活用し、集中治療供給体制の拡充を行うには、平常時の備えとして、人工呼吸器および関連設備などとともに、医師・看護師などのマンパワーの充足も必要になる。これらは、社会保障や医療経営の負担を高める懸念も生じるが、感染慢性時に実体経済へのマイナス影響を抑制し、経済的な成果を生むことも期待される。例えば、ICUも含む急性期病床の人口あたりの密度が高いと、COVID―19による人口あたり死亡者数が低い傾向も認められる(図2, p< 0.01)[1]

加えて、国内総生産(GDP)の成長率と急性期病床の人口あたりの密度の関係を眺めると、平常時の急性期病床の密度は、COVID―19の蔓延に伴うGDPの成長率のマイナス影響を減じる傾向も示唆される(p<0.05)。以上から、不確実性の高い感染症の特徴に配慮しつつ、感染蔓延時のみならず平常時の備えや終息後の防疫を促進するには、経済活動の継続性も視野に入れて、中長期的な応対や関係者の意識改革を進めることが望まれる。新興感染症への対応策とはつまるところ、医療と経済の両立が理想であるため、臨床対応を優先しつつも、経済復興を早める工夫も不可欠であると考えられる。

これらは、国民のコンセンサスの醸成が前提でもあるため、普段より国民全体で共有すべきテーマと推察される。 

田倉 智之(たくら・ともゆき):博士(医学)、修士(工学)東京大学 大学院医学系研究科 医療経済政策学講座 特任教授。1992年に北海道大学大学院工学研究科修了。東京大学医学部の研修を経て、2010年より大阪大学大学院医学系研究科 特任教授。2017年より現職。厚生労働省(中医協)費用対効果評価専門組織 委員長、内閣府 客員主任研究官、大阪大学医学部招聘教授、東邦大学医学部客員教授、日本循環器学会 Circulation Reports Associate Editor、日本心臓リハビリテーション学会 評議員など歴任

【文献】

[1]田倉智之. 医療のグローバル化とその課題_国際診療の社会経済. 整形・災害外科. Vol.64 No.3, pp.341-347. 2021